アラサーOL悲喜こもごも。

アラサーというかどんサー(30歳)OL。独身モラトリアムを謳歌するアラサーOLの日記です。

少し膝曲げたくらいで、空飛びたがるわたしたち~大人の夢の叶え方~

先日、ふとはぁちゅうさんのブログを読んでたらこんな記事に出会った。

「なんでみんな、すぐに悲劇のヒロインぶりたがるのかな」

lineblog.me

最近noteを始めたっぽい人のつぶやきを

たまたまこの間、見かけたんですけど、

「やっぱ私にはnoteで稼ぐのとか無理…心が折れた…」的なことを

つぶやいてるのみて、

「まあ、本人がそう思うなら無理だろうね」って思いました。

(中略)

それにしても、なんでみんなそうやって始めたばかりのことに、

結果を求めるんだろう?

noteとかそもそも始めてから、お金とかの成果に結びつくのには

それなりに時間がかかる場所では…?

noteのことに限らないけど、すぐに結果を求める人って

なんで人の成功してる部分にばかり目を向けて、

それ以外の努力の部分に、気づかないんだろう?

どうして他の人が、時間をかけて築いたものを

自分は一瞬で得られると思えるんだろう?

そして得られないからといって、悲劇のヒロインぶれるのだろう。

(後略)

 

そのtweetは初見だが、思い当たるふしがありすぎる・・・。

ちょっと膝まげてかがんだくらいで、あの人と同じ空を飛びたいと思っちゃう。思うように飛べなかったら、もう筋肉痛ですやっぱり無理、そいえばわたし生まれつき膝が悪かった気がしますごにょごにょ・・・とジムの初回体験に来てさっそく諦める人(それもわたしである)のようにしゃがみこむ。

自分は屈伸すら続かないくせに、日々地道にスクワットしてきた人の成功を「あの人は××だから。」と勝手に理由づけして納得しようとする。

意志が弱い・計画性がない・継続力がない。おそらくどれも当てはまるけど、根本は自分で人生を「選ぶ」のではなく、「選ばれるのを待っている」その無戦略的シンデレラスタンスではないかとふと思った。

自分の人生の行先を選んでいくという主体性が無いから、いともたやすく「悲観的」になる。だけどやっぱり自分可愛さで、そんな自分のありかたにも光を当てたい。それが「悲劇のヒロインぶってる」と見えるのかもしれない。

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そんなことを考えていた折に、自身が中高生の頃芸能活動を目指し、オーディションを受けていた日々をよく思い出すようになった。

「あの子はスター性がある/ない」「可能性がある/ない」。オーディションでも養成所でもそんな言葉をよく聞いた。「才能は見いだされ、選ばれるもの。」そう思っていた。

何度かオーディションを受けるも、その手ごたえのなさから「自分は『ある』側の人間じゃないんだなぁ」と徐々に自己認識し、最後の方は受かろうと思ってオーディションを受けてるというよりも、諦めたくて受けてるという感じだった。

そんな日々から逃げるため、「もうおじさんたちに品定めされる毎日はコリゴリや!」と挫折の理由をあちらになすりつけ、「ひとに選ばれるのを待つのでなく、自分で人生を選んでいける人間になるんや」と夢に踏ん切りをつけた。

本音は「正直もう諦めて楽になりたい・・・。」に近かった気がするのだけど、周囲にも自分にもその建前を言い聞かせていた。

昔の夢に執着する瞬間が無かったわけではないが、「もう遅い」と言い聞かせ、蓋をした。かと思うとあの夢の続きを夢想して、閉めたはずの蓋をそ〜っとのぞいてみたり。そうやって踏み出せなかった後悔と執着は多額の借金のように膨らんだ。そのリボ払いは延々と続き、自分自身に対する信頼残高はすり減って行った。

「わたしはあの時から何も変わってなかったのだ」と気付いたのは、最近のことだ。わたしはずっと選ばれるのを待っていた。舞踊会に一度行っただけで何か起こると思っていた。人から見出され、それでいいのだと肯定され、引っ張り上げてもらうのを待ち続けていた

それは、自分に自信がないからだと思っていたが、他力本願だからいつまでたっても「自信がない」ということにしているのだろう。

みんなひとを見て、自分自身のあり方を見つめたい。ひとの「ありかた」に惹きつけられて、自分自身に影響を与えたい。人の鏡になるには、相応の力が必要だ。自身のプライドの高さや臆病さに蓋をして安全圏に居ながら、自分の欲やコンプレックスを昇華させるなんてこと出来るはずはないのに。 


今やネットを通じて有名になったり成功する人、その過程を目のあたりにする時代になった。焦ったり比べたり、しやすい時代なのかもしれない。一見すると表に出てくる象徴的な人は、みなシンデレラに見えるけれど、実は日々地味に反復横跳びし続けてきた結果なのだと今ならわかる。


ピカソは売れた、ゴッホは死後になって認められた」という比較論があるけど、二人とも「自分の中の感性やあるがままを追求し続けた人」ではないだろうか。

生きることは、まず自分をあるがままに生かすこと。そして「あるがまま」と「今のまま」は似て非なるもの。そうやって生きている濃厚なエネルギーがひとの役に立った時に、世に評価されるのだろう。

大概の絵は、ポスターにすらならないけど、筆を取らなきゃなにも始まらない。自分という畑を、日々掘り起こして耕し続けていくしかないのかもしれない。

 自戒を込めていろいろ書いたけれど、個人的にはすこしかがんだくらいで空飛びたいと思ってて、飛べなかったら才能や運がどうだのぎゃんぎゃん言う、そんな欲深き怠け者も、人間らしく愛しいなぁと思う。自己擁護するようだけど。

なりたい職業になれなくても、一番好きなひとと一緒になれなくても、キラキラはしていなくても、それでもなんとなく「悪くないな」と思える日常がある。それは自分の嗜好(志向)×能力×環境が奇跡的にマッチしているということで、そんな日常が実は当人の「ありたい姿」に最も近い、ちょうど良い塩梅なのかもしれない。

「夢を叶える」こと。それは大人にとっては「なりたい」よりも「どうありたいか」「どうあり続けたいか」が大事な気がしている。もう「自由な大人」にはなれたのだから。

その時代に合ったやり方で、自身の「あるがまま」を耕し、その先のありかたを自由に描いていく。その権利と責任のクレヨンは、生きてる限り自分自身の手の中にある。

それが「大人の『夢』の叶え方」なんじゃないかと思う。

 

ベッキーについて妄想あれこれ~彼にイイコぶっちゃう問題~

先月の『週刊文春』に、ベッキーから届いたという手紙が掲載されていた。

事実の詮索や是非は置いておいて、わたしがこの騒動の当初からずっと感じていたこと・・・「ベッキーにとって、今回の相手の男は心の穴だったんだろうな・・・」ということである。


流出したLINEのやりとりは、不倫真っ最中の温度感で送られたものなのだろうが、圧巻なのは事が公になった後も、不倫相手に対して感情的にならず、健気かつ気丈にも振る舞う彼女の態度だ。 

不自然に感じるほどの一貫したスタンスに、空恐ろしいものを感じた。

ベッキーに肩入れするわけでもないし(出来ないし)、サンミュージックに借金があるわけでもないが、さすが生き馬の目を抜く芸能界で17年も生き残ってきた人。その善悪は置いておいて、突き抜けている。

いくら楽観的な気質だとしても、記者会見を開くほどの事態にまで発展すれば、「あんたが優柔不断で脇が甘いせいで、こっちは吊るしもんなんだよ!」くらいのことを言いたくもなる。

いわんやその後に及んでさらに「逆に堂々と出来るキッカケになるかも」とか言われたら、どんなに好きでも「じゃお前も晒し者になれや・・・」と怒髪天ものだ。

「憧れのミュージシャンと不倫」なんて設定は、想像できない程、ドーパミンがドバドバ出て、思考・感情がマヒするのかもしれない。元来の気質に因るものであるにせよ、そうやって一時の感情に溺れたものであるにせよ、あの状況であの振る舞いは並大抵のメンタルでは出来ない。

 

多くの場合、それが八つ当たりにせよなんにせよ、本音や弱音が吐けない関係性は不安を募らせる。「愛されてる、本当に付き合ってるとは言えないんだろうな・・・」と卑屈になってしまう。

その意味で、ベッキー自身が関係性の危うさを認識し、あえて「恋人未満」だと置きに行っていたとしたら、件の「友達」発言も、本人の認識としてあながち全て嘘じゃないのではと思ったり・・・。


ひとつの物事に対して、どんな闇を見出すのか、どんな光の当て方をするのかは、人の感性の数だけ、幾通りにも存在する。


いずれにしろわたしがどうこう言える筋合いはないのだが(じゅうぶん言っとるがな)、わたしはこの件を見るにつけ、「言いたいことの言えない恋愛はどっちに転んでも地獄谷」と、己の閻魔帳(別名:恋のべからず帳)に刺青掘るがごとく鬼の形相で筆圧強めに書き足すのである。

ベッキーがそうだったかどうかはさておき、周囲のみならず自己欺瞞を続けながらでも、ある人と一緒に居たい、という感覚は残念ながら理解できる。

他の人と付き合っているときはそうでもないのに、その人を前にすると、もはや条件反射的に無理したり、媚びたり・・・。心の穴に引っかかっちゃう相手っているんだな・・・。


私事かつ昔のことになるが、ある元彼にわたしは「夜のスターリン」(もはやよく付き合ったな)と呼ばれていたのだが、その数年後に付き合った別のある人はわたしを「女神」と呼んだ。

ある友人は、元来誰と付き合ってもマリーアントワネットが大阪のおばちゃんに転生したかのような、極上のワガママと安っぽいせっかちを極めていたが、ある彼氏の前では、常に微笑をたたえた壇蜜崩れ(失礼)を演じており、常に彼を立て、動静はたおやか。「彼から古風な女と言われる」というノロケを聞かされたのは噴飯ものであった。

そして蓋を開けてみると、スターリン時代は数年に及ぶ長期政権を樹立したが、エセ女神は数ヶ月であっけなく自滅した。壇蜜崩れも数ヶ月で事務所スピード解雇である。

わたしたちはとても落ち込んだ・・・エセ女神&壇蜜崩れ@磯丸水産で、イカの肝をつぶしつつ大反省会である。当時はとても落ち込んだが、3ヶ月後には「いやー、そもそもの初期設定からして無理ゲーでしたわ!」とホッピー片手に開き直るスターリンとおばネット。 

当時その彼に支配的な態度を取られ、自分は唇噛み噛み我慢していたかというと、そんなことはない。その人に好かれたくて、好意的な反応が嬉しくて、もう条件反射的に常にポジティブな言葉をかけ続けたのはわたしの依存心からである。「支える」アピールをし続けることで、最後の女に選んでもらいたかったのかもしれない。

 

相手の理想(というか都合の良い)の女性像を演じ、媚びることで、ある程度関係は継続するかもしれない。でも泣いたり怒ったり、「感情を持つ生身のわたし」が生き場を失くしてしまう。

「好きなら仕方ないじゃん。」その通りなのだけど、アラサー以上の身にはこれが結構しんどくて、首が詰まるのだ。

 ・・・なんかベッキーの話から自分の話に・・・畏れ多くも前座にしてすみません・・・。

話が拡散に拡散を重ねてしまったけれど、もちろん苦しい恋愛も、光の当て方を変えれば「これぞ人生の醍醐味」という考え方もある。

そして恋愛を通して出会っているのは、未だ自己認識していなかった自分の姿なのかもしれない。

もしかしたらベッキーは、今回の一件で出会ったのは「運命の不倫相手」ではなく、「未知の自分」だったのではないかなと妄想する。夢見がちな自分、腹黒い自分、妄信的な自分、依存しやすい自分、泥沼な恋愛であればあるほどたくさんの自分に出会う。だとしたら彼女はこれからも、前を向くことが出来ると思う。

 

【以下中村うさぎさんのインタビュー記事を引用】

am-our.com

依存によって最も醜い自分に出会うことは
いい経験になる

中村うさぎ AM 恋愛 甘えと依存
©AM編集部

―依存をしたことですごくいい体験をしたことはありますか?

中村:
恋愛で男に依存したことで、いい経験をしたことなんて一度もないと思う。
依存って執着なので、しすぎると苦しいからね…。
しいていうとしたら「私ってこんなにばかなんだなー」と最も醜い自分と出会ってしまう体験ができることかな。
そういうコントロールできない自分を発見していくことは、とても貴重だと思うんですよ。

 恋愛って最も自分を知るチャンスだと思うのね。
やっぱり人ってきれいごとをいってしまうし、きれいごとを言っている自分が本当の自分だと思ってしまう。


 心の中でドロドロしたことを思っていても、そんなことは口には出さないし態度にも出さず、
そんなこと思っちゃだめ! って自分に言い聞かせて、もっとポジティブに考えよう!  とかさ。
そんなことができる間は依存じゃないから。
でも恋愛でバカになって、私はこんなに愚かだし、こんなに醜いし、こんなに視野が狭くて、だめな人間なんだ、ということをちゃんと知らないといけないと思うんだよ。
自分をきれいにきれいに美化したままでいたら、「己を知らない」という理由でどっかでつまずくから。

「人間って『自分がいかに下らない人間か』ということを思い知ることで、スーッと楽にもなれるんじゃないかな」とはかのタモさんの名言である。

自然体とは、己の醜悪さに気付いたその先にしか無いものかもしれない。

 ・・・ここまで書いて、ベッキーが昨夜のテレビ番組に出演したことを知った。

「金スマ」でベッキーが中居に明かした本音 涙声で語った「記者会見のウソ」【書き起こし】 - ねとらぼ

特にファンではないし、フォロワーシップも持ち合わせていないけれど、同世代の同性として、お互い少しでも生きやすく生きれたらいいよなぁ、と一方的に思う。

醜くてどうしようもなくても、自分自身を抱き締めずにはいられない。周りにその醜さを気づかれてるんじゃないかとビクビクしながら(そして大概気付かれている)、時々は、その醜さのおかげで愛されながら、生きていく。

まぁそれこそ友人でも何でもないので、一方的な妄想なんだけれど・・・。

 

「小さなOK」を出し合って、人は生きてる。

友達に勧められて、遅ればせながら漫画『サプリ』を読んだ。

よくある恋愛ご無沙汰OLが、部屋着で干物食べながらたまにやる気スイッチ押すとハイパー労働者モード入る系のやつか(色々混ざっている)…と半信半疑で読み始めた。

ぅぅぅっ・・・っこれはビジネス経典である(目頭を押さえながら)・・・。

 

話のあらすじを言っちゃうと。

①深夜残業当たり前・休日出勤おかわり状態広告代理店勤務の27歳女性が、仕事が激忙しくて学生時代から付き合ってる彼と別れる(身に覚えあり)。

②別れて間もなく、元彼が他の女性と結婚(身に覚えa(ry)⇒失恋後、不倫中の同期のイケメンやさ男が異動してきて再会し、お互いの傷を癒しあうのも束の間、恋愛に不器用過ぎる主人公は結論うまくいかず。

③そのあと振り回すコワモテ系の男(職業カメラマン、)に惹かれたんだけど・・・(普通コレで婚期遅れる)

④どっこい!関係は成就+継続し、なんと子どもが出来ました。

⑤しかし主人公は子どもが出来たことを言えないまま、カメラマンの男は自意識炸裂し自分探しに海外に行っちゃうんだけど・・・(カメラマンだからなんとかテイをなしてる)

⑥数年後再会。母は強し!持つべきものは己の経済力!さすが電通社員!(電○とは言ってないけど)

子どもは産みましたけど、お前これから一緒に生きていく覚悟はあるか、と彼にビンタ!

・・・そんな話なんだけど(サマリが雑ですみません)、わたしがことごとく刺さったのは、上記の主人公の恋愛云々というよりも、主人公と先輩社員のやりとりである。

 

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「仕事は女を救わない」とはよく言われるけど、半分その通りだと思うし、半分そうじゃないのかもと思う。

と言うのも、わたしは今仕事をしている会社に、人間として育てられた感がある。会社は第ニの親だ。そう書くと社蓄感みなぎっているけどホントにそうなのだ

 

わたしは新卒で入社した今の会社に、2度目の就職活動で内定をもらった。

1度目の就職活動では最終面接で落ちた。落ちた理由を、自分なりに理由を分析すると一言で言うと「自信が無く、危うかったから」だと思う。

その頃の私はとにかく自信が無くて、自信がないくせに完璧主義でプライドが高かったから、相手によって自分の出し方を変えてしまう「わかりにくい子」「危うさのある子」だったのではないかと思う。

 結果、就活留年させてもらったわたしがやったことは、社会と自分自身に「慣れる」ことだった。

慣れない存在である大人に対して自分自身を言語化し、その中で自己理解を深め、不要な自責や背伸びを止めようとしていった。

そんなこんなで述べ100人強の大人の方にお時間を頂き、話をする中で、自己開示や自己受容を少しずつではあるがうっすら体得していき、結果二度目の就活で希望の会社に入社することが出来た。

たくさんの人のおかげで、その一年で若干の成長を遂げたものの、もちろんそう簡単に人間が変われるはずもなく、入社当初は全く自信が無く、自分の言葉で話せなかった。人の表情を見ることだけに長け、自分はと言うと臆病なポーカフェイスで「何考えてるかわからない」ともよく言われた。


だけどその一方で、どうしようもなく真面目だったので、仕事では目の前の仕事を精一杯こなし、お客さんに応え続けた。


業務内外、苦手な営業も宴会芸もとにかくコミットすることで、お客さんや上司に「おまえは(泥臭いけど)いいなぁ。」と言ってもらえた。

初めて他人から貰った「いいなぁ。」のつぶやきに、わたしは思いの外励まされた。徐々に自分を受け入れられ、自然と自分を出せるようになった。


すると徐々に自分の引き出しが増えていった。辛いことも苦しいことも、「人間の幅をつくるための経験だ」と思えるようになった。生きるのか年々楽になっていった。


就活面接でオドオドしていた女子大生は、いつの間にか聞かれてもいないのにインターネッツ上で持論を主張するアラサーになっていた(良いやら悪いやら)。

 

そんな風に仕事を始めて6年目になった今振り返ってみると、「若いうちにたくさんの成功体験を積むこと」の大事さを痛感する。

若いうちからたくさんの打席に立つ×「小さな成功体験」を積むことで、自分の引き出しを増やしていく。引き出しの数と幅がそのまま自信になる。

そのために自分を受け入れ、小さな「OK」をくれる人たちに出会うこと。

そんな環境に身をおくこと。特に自己肯定感が低くなりがちで、内省傾向の強い女性には、とても大事なことだと思う。

 

とは言うものの、年次が上がれば周囲からの期待値や越えなければならないハードルは当然上がり、「自分の能力で、ここで働き続けることは難しいな」とか「後輩の方が全然優秀じゃん・・・」とかしょっちゅう卑屈になっては落ち込んでいる。そんな自分自身こそが、限界作っているんだなともよく思う。完璧主義のくせして承認欲求の高い性質はなかなか治らない。 

でもその度に前を向くのは、「わたしなんか・・・」の先には何もなく、誰も救わないし、救われないんだということを知ったからだ。それは恋愛も仕事も一緒である。

強く想い、がむしゃらにでも頑張ったその先には、必ず何かがあったし、それはそのまま自分の肥やしとなっている。そして時にはひとからそれを褒められたりもした。

そしてその肥やしで、後輩だったり、「この人の背中を押してあげたい」そう思う人が居たら、自分の経験と感性を総動員して「OK」を出して受け容れる。

 それは仕事に限らず、友人関係でも恋愛でも、家族でも。

そうやって、巡りめぐって、「小さなOK」を出しあって、人は生きてるのかもしれない。

 

【ご参考】

特に女性のキャリア形成、自己肯定感の持ち方という観点で、すごく参考になる、岡島悦子さんの記事です。

careerhack.en-japan.com

 

next.rikunabi.com

 

「好き」と「大切」がわかる人。

以前、なじみの整体師の方と「パートナー」についての話になった。 

「人間て、“自分ひとりの力で生きてる”と思ってる人間か、“周りに生かされている”と思ってる人間か、大きく分けてそのふたつなんですよ。“周りに生かされている”と本気で思っている人は浮気しないですよね。」

 

「パートナーって最悪の状況からギリギリのところで救ってくれる存在じゃないですか。どんなに追い込まれてても、一緒に寝るだけで救われる時ってあるじゃないですか。そんな人にはやっぱり笑ってて欲しいし、傷ついている顔なんて見たくないですよ。」

 

・・・当時付き合っていた彼と別れた翌日にそんな話をしていて思ったのは、「ひとを好きになる」と「ひとを大切する」は違うんだなということ。

「好き」だけで恋は出来る。だけど、「好き」だけじゃ続かない。結局「好き」は「自己愛」の延長で、その「自己愛」は相手を傷つけることもある。そこからお互いに「大切」と思いあえる関係にシフトしていかないと、二人の関係は耐久レースと化し、いずれ関係性を続けることが出来なくなる。

 

そんなことを思った時に、過去七年間付き合った別の元彼を思い出した。

彼と別れた一年後に、一度再会した。会ってる間中、彼はわたしの言動に「成長したね」と言っては泣いてくれた。

まだ未練があったわたしは、こんなに想ってくれてるのだから、ヨリを戻せるのではないかと思い、心の奥で期待してそれとなく聞いてみたけれど、答えは「NO」だった。わたしのことは「大切」だけど、もう「好き」じゃなくて、ちゃんとほかに「好き」な人が居たからだ。


わたしはその「NO」を聞いて、改めて本当に良い人と付き合えていたのだなぁと思った。別れた後も、わたしをもう「好き」じゃないのに、ずっと「大切な人」として思ってくれたんだ・・・。

今思えば、彼は「好き」と「大切」の違いがわかる人だったのだと思うし、七年の間にわたしは彼から「好き」の後で「大切」にしてもらえていたのだ、と気付いた。

【その彼とのことを書いた記事です】http://nyankichitter.hatenablog.com/entry/2014/08/26/002317

 

そんなことを思い出して、「なるほど今回の彼は、好きは好きだったんだろうけど、大切だと思っていなかったのだな」と合点がいったのである。

「わたしのこと好き?」なんて詮索は、本質的ではなくて、論点は「好き嫌い」ではなかったのだ。

自分以外の誰かのことを「好き」だけではなく、「大切」と思える人はそんなに多くない、というよりも、自分をそんなにも思ってくれる人は、自分が思ってる以上に多くなかったのだなぁとしみじみ思ったのである。

 

「好き」と「大切」の違いの話に戻ると、それは「対相手」の話だけでなく、「対自分自身」にも同じことが言える。

「自分が好き」なことと、「自分が大切」なことは似てるようで違う。むしろ自分が好き過ぎると、「自分を大切にする」ということからは遠ざかってしまう。

それは自分(の感情や好き嫌い)をその都度大切にしているようで、だけどいつまでたっても「満足」することが出来なくて、そしてその満たされない渇望感がさらなる泥沼を生むからだ。強い自己愛や欲を持つ有名人や経営者などが、世間的名声や栄光の陰で自暴自棄なプライベートを送っていることは、何度か耳にするし、実際に目のあたりにした時はその根深さにこれが「業」と呼ばれるものなのかと思った。

 

そんな「自己愛」の追求は、「自己満足・快楽の追求(追究)の旅」とも言えるし、「延々の自滅」ともいえる。

 

一見「相手があってこそ」と思えるような、「共依存関係」も「不安」という病から詮索・束縛してしまう関係もこれにあたるのだろう。

「相手を好きだからこそ」と思って蝕まれるその感情には、実のところ相手は不在で、自身の「不安」や「嫉妬」という感情の追求と支配を止められなくて、自滅していってるだけなのだ。

 

 

突如としてCHAGE&ASKAの話を出したけど、元彼やASKA(並べちゃったよ)を批判したいわけじゃなくて、今からそいつを殴りに来て欲しいわけでもなく(ちょっと殴って欲しい気もするけど)、自分自身に対しても「同類なんじゃ」という疑念を抱くからである。

 

 

アメリカの医学者たちが著した『オルガズムの科学』(作品社)という本に「セックスにおいて快感と満足はまったく違うものであり、快感だけを追えば追うほどむしろ満足からは遠ざかる」といった記述があった。拙著で述べた「恋」と「愛」の違いを、セックスの観点から言い換えたともいえる。そしてまさに、恋愛工学は一時の「快感」を得るための理論ではあるが、決して「満足」にはたどり着かないドラッグなのではないか。

www.gentosha.jp

 

「大切」より「好き」を優先した過去。いつまでも恋愛の欲望や目の前の感情に流される幼稚さ。「好き」を「大切」につなげられない関係構築力。 

もちろんそれらの恋愛から学ぶことは多かったが、不安に思ってしまう。

 

わたしの年代だと、それはイコール結婚で例えられることが多い。「恋愛=好き・欲望」「結婚=愛情・大切」というふうに。

 

もちろんそんなのはわたしの思い込みである。そもそも、それらを区分して考える方がおかしいのかもしれない。

実際そんな方程式に毒されているわたしは、SNSでの結婚式写真を見ると、「自分はいつまで“好き”や“欲”に支配されるんだろう」と自問自答することがある。

何度も恋を繰り返し、その度に恋を失い、傷みと執着にジタバタしている。そして時間が経てば、「あれはなんだったのか」と周囲が呆れるほどケロッとしている。


かと言って恋を卒業して、結婚したいと本気で思えているわけでもなく、以前「恋愛がしたいんですか?結婚がしたいんですか?」と質問された時、答えることが出来なかった。

「恋愛結婚はしたい 」のかもしれないけれど、何のためにしたいのかと聞かれると正直なんのためだろうとも思うし、そんなうまい話も無いだろうなとも思う。

恐らくわたしはまだ「家族が欲しい」わけじゃない。本当はまだ「恋」がしたくて、でも一方で恋愛の斬ったハッタを「アガり」たくて、もっと言うと自分でも結婚できることを証明したい、安心したかっただけなんだ。

(もちろん結婚は「アガり」なんかではないけれど、経験がないから何か言える立場にはない)

 

20代半ばから「好き」と「大切」、「欲望」と「愛」について、壊れた時計の振り子のように、ずっと行ったり来たりを繰り返している。

そんなモラトリアムな状態が嫌いと問われれば、寂しくはあるが、決して嫌いではないのである。わたしの自己愛も相当なものだ。

 

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「何があれば、産めるの?」

「子どもが欲しくないというキミに、これ以上時間を費やせない」

 

そう言って、付き合っていた彼にフラれた。

これまでの人生で、「子どもが欲しい」と思えたことがなかった。

友人や知人に、子どもを持ちたいかを尋ねると、「欲しい!」もしくは「まぁ、いつかは・・・。」と返答をもらう。
私自身は「欲しい」という思いがベースにないからか、「いつかは・・・」という感覚さえ持てなかった。

「アタシなんてこれからって時に子どもが出来ちゃって~!」と笑い飛ばすタフな女性に遭遇すると、「ななななんで避妊しないの?!時期は調整出来るはずでは?!」とその思い切りの良い「ウッカリ」にひっくり返り、そんな「ゆるい許容範囲」を持てる彼女たちをうらやましく思った。

 

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とは言うものの、「子どもは一生欲しくない」と言い切れるかというと、そう言い切ることも出来ない。

 

どうして当たり前の様に「子どもが欲しい」と思えないのだろう、と何度も考えた。

何のために産むのか?

育てたいために産むのか?

誰のために産むのか?

子どもは産んでくれなんて頼んじゃいない。

その問いに答えが出ないからだ。

自身の自我との折り合いも付いてないように思う。

小学生の頃から舞台に没頭し「何者かになりたい願望」が人一倍強く、10年前地方の片隅で芸能界に憧れていた中高校生時代。

「彼氏作ったら芸能活動は諦めなければならないのだ」と、頼まれもしないのに「モー娘。」(時代だな)よろしく「恋愛禁止」を自身に命じ、恋欲乱れ咲く低偏差値校で、意識高くひとり処女を貫いていた。

だから幼い頃、自分の人生を思うように生きられず、かつシングルマザーとして追い詰められていた母親がたまらずこぼした「子どもなんて産むもんじゃない」というぼやきは、それ自体がショックというよりも、「自分の人生で実績を作らないまま子どもを産んでしまうと、後悔と手遅れ感で恐ろしいことになる」という強迫観念をより強いものにした。


そんな家庭環境を「不幸だ」とは思ったことはない。どんな愛情深い母親でも、追い詰められるとそのようなことを思わないわけではないだろう。加えて、母親は不安定で幼かったから口に出してしまったのだと思う。

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「あなたくらいの年頃はみんなそう言うのよ。でもみんな早く産めばよかったって後悔している」

説教したいだけのおっさんのみならず、本当に心配をして経験談のシェアを厭わない諸先輩方にそう言われると、「手遅れになるんじゃないか」そんな気持ちだけがはやる。

ある大先輩には「キャリア女性は勢いじゃないと結婚しないし、産まないから!」と一刀両断され、あぁ爽快だなぁと圧倒された。でもそれでもその後もぐじぐじと、踏ん切りはつかなかった。

 

冒頭の彼とのやり取りに話を戻す。

お前は結局どうしたいんだと問われ、答えた。

「一生欲しくないと決まっているわけじゃないけど、欲しい・産みたいと言い切れない」

すると彼はこう続けた。

「それはいつ決まるの?何があったら決められるの?」


「・・・わからない。」

 

「逆算して設計すれば答えが出るんじゃないの?出ないってことは、やっぱり欲しくないんじゃないの?」

 

「・・・欲しくない。」そう口に出すと、別れを切り出されることは明白だった。


別れた後で「あんなに言ってもらえたなら、彼の子どもを産んでも良かったんじゃないか」と一時は後悔するだろう。

でもわたしのことだから、そんな後悔は3か月、半年も経てば薄れ、次の恋や仕事にまい進しているという期待のような諦めのような予想はつく。

しかしそうやって今後数年、恋と仕事を繰り返した挙句、「恋と結婚は別物」「仕事だけじゃ幸せになれない」と、これまでさんざん周囲が忠告してくれた通りの状況になるのかもしれない。

 

「子どもが居ない将来を想像したことが無いんだよ。」

そうはなれなかった。

 

自分の人生にOKを出せたら、思えるのだろうか。いったんここまでやれればOKだよと、決められる日が来るのだろうか。


ある程度の役職が付いたら?有名になれたら?何が実現すればわたしは後ろ髪惹かれることなく、後悔や罪悪感を感じることなく「子どもが欲しい」と思えるのだろうか。純度100%そう思える人こそ、少ないのかもしれないけれど。

 

だけど一方でこんな気持ちがフツフツと湧き上がる。少数派だろうが、そのせいで好きな人から選ばれなかろうが、「手遅れになりたくない。」そんな気持ちで、ものごとを選択するようにいつからなってしまったのかと。子どもだって、そんな理由で産み落とされちゃたまったものでは無いだろう。


どんな状況になっても、自分自身の在り方に腹括りをし、受け容れることが大事だとわかっている。

そうしないとどんな選択をしても、一生無限ループの「タラレバ地獄」だって。

 

たくさんのものを失い、選び、逃しては得て拾っては捨てる。「選ぶことは捨てること」そうやって人は人生を作っていく。

もっと言うと「選ぶことイコール捨てること」にしかならないものなんて、所詮それまでなのかもしれない。必要不可欠なものが残るとしたら。
恋も、仕事も、人生も。

そんな啖呵はいくらでも切れるのに、いつまでも選択肢をあげつらうことだけが楽しくて、そんな状況を抱きしめすぎてるのかもしれない。




【感想】愛する技術は女の業を助く。『愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。』

今回は先日発売された川崎貴子さんの『愛は技術』を読んだ感想をしたためたいと思います。

愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。

愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。

 

 川崎さんと言えば、ブログ「酒と泪と女と女」が大人気。女性に特化した人材紹介業の経営者であり、仕事恋愛結婚、悩める女性たちを1万人以上フォローしてこられた、人呼んで「女のプロ」。プライベートは2児のママ・執筆活動をされている素敵な方です。

 川崎さんを存じ上げたのは、1年前にブログを拝読したことがきっかけでした。

心をえぐられるようなアラサ―女性のリアルを愛のムチでビシバシ浮き彫りにされ、しかもそれが割と笑えない現実なのに、思わず他人事のように泣き笑っちゃう面白さで(川崎さんの文章を読むと、否が応にも自分を客観視させられます)、とても衝撃を受けました。

ご本人も“愛しかないけど、媚びも甘えも無い”、良い意味で本当に「記事そのまま」の方。下記リンクでは川崎さんの特に反響のあった記事を特集されているので、ぜひご一読をお勧めします。

ninoya.co.jp

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【読後感想】

さて、本題の『愛は技術』。28歳・独身OLのわたしは読者対象ど真ん中。

本の概要は、ライター・福田フクスケ氏のレビューがうまくまとめられているなぁと思うので、そちらを引用させて頂こうと思う。

news.mynavi.jp

モテテク本や恋愛自己啓発本にすがってしまいがちな女性にこそ、手に取って欲しい本。愛されないからといって、自己反省や自己責任で自分を責めるのではなく、"自分が愛するに値する男を自分から選ぼう"と説く本書は、そのための"男の見きわめ方"をスキルやライフハック(=技術)として授けてくれるのである。
著者の川崎貴子氏は、女性のための人材コンサルティング会社の社長として辣腕を振るってきたゴリゴリのバリキャリ女性。加えて、バツイチ・子持ちの末に、8歳年下のダンサーと再婚したという波瀾万丈な経歴の持ち主だ。そんな人生経験から彼女が導き出した結論は、とにかく「自分の人生を他人マターにしない」こと…(中略)…「条件の良い完璧な相手に見初められる」「信念も価値観も相性もすべて合う運命の相手」と出会える、といったロマンチシズムもばっさりお捨てなさい、と川崎氏は喝破している。相容れないのは当たり前。大事なのは、お互いの欠損を埋め合わせ、価値観の違いをすり合わせようと努力できる男性かどうか。相手がそれに値しないとわかったら、執着や依存をせずに鮮やかにリリースするのも肝要だと言うのだ。

 

たとえば第1章では、パートナーの選び方として、「『結婚向きの男』5つの条件」というものを下記のように掲げられている。

 

(1) 「ありがとう」「ごめんなさい」が言える
(2) 「会話力」「傾聴力」に長けている
(3) 相談力がある
(4) 心に何かの傷を持っている
(5) 情緒が安定していること

上記に年収や学歴などのスペックや、いわゆる「頼もしい男らしさ」が一切採用されていないのは、フクスケ氏が先述のレビューにて下記のように指摘している通りだと思う。

裏を返せばこうした古めかしい"男らしさ"が、これまでにいかに男女間の対等なパートナーシップを阻害してきたか、ということでもあるのだろう。

【パートナー構築のリアル】

本著では主に3つの主旨

男性を「育てる技術」/「育てることのできる女になる技術」/「育てる余地のない(=女の毒になる)男性を捨てる技術」が語られている。

上記の「育てる男性」にあたるのは、現時点で上記の5つの条件をバッチリ満たす男性ではない。コミュニケーション次第で良好なパートナーシップを築くことが出来る可能性のある男性である(現時点で上記条件を満たす男性を探そう、もしくはそんな男性に選ばれようなんてハナ想定していないのがこの本の大前提)。

川崎さんの再婚されたお相手も、川崎さん曰く当時はほとんど当てはまっていなかったとのことだが、連合艦隊司令長官山本五十六さながら「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」と呪文のように唱えながら遂行した結果、6年の歳月をかけて良好なパートナーシップを築かれたとか。

女性向けまとめサイトの「彼氏と会えない時こそ自分磨きでイイ女☆」「男性が結婚を考える女性の特徴まとめ」的な「芸人の妻と同レベルに頑張れ」的なプロ彼女・プロ嫁指南鼻ほじりながら「無理だわー」で以上終了の生臭坊主なわたしでも、マネジメントのプロのリアルな語り口に、思わず姿勢を正してしまう。

過去、無駄に破局を繰り返した当時のわたしにこの発想があれば…!一見付き合っていながら実は自己肯定の低い片想いで都合の良い女になり下がったり、損切りしてるつもりの見下し女にならなかったのではと省みてしまう。

 

【男を育てられる女とは?~こじらせ女・痛い女~】

男性についてばかり書いてしまったけれど、わたしがこの本記事で言及したいのは上記のように「育てることのできる女になる技術」についてである。男性が子どもだなんだといつまでも口にするのは、「自分の幸せを他人(男性)マター」にしていることにほかならない。

第4章(P.171)に、『自分を幸せにする技術』として、以下の5つのトピックスが記載されている。

こじらせ女子の末路/「女を不幸にする思考」5パターン/薄情女の言い訳/「痛い女」になってしまう魔の瞬間/アラサ―の選択「大人の女道」

『こじらせ女子の末路』については下記のブログ記事がベースになっており、この記事は昨年秋に、わたしが最も心をえぐられた文章である。

ninoya.co.jp

私の友人達(アラフォー以降)は、女性特有のめんどくささが無い。
決断が早くロジカルで、悩みがあっても自分自身で整理することが得意な人が比較的多い。
皆、例えストレスが溜まっても、「ガハハハ!と笑いながら山賊みたいに酒を浴びて終了。」というタイプなのだが、年下の友人達、特に恋愛相談に来る若いお嬢さん方は真逆。彼女達は大抵「こじらせ女子」だ。

可愛くてスタイルも良く、学歴も高いし仕事もデキる。そんな非の打ちどころのないお嬢さんにいったい何のお悩みが?と思い話を聞いていると、途中から雲行きはバンバン怪しくなり、彼女達の奇行の数々が露わになってくる。その度に、

「うわ!めんどくさっ!」

と、私は彼氏、もしくはデートのお相手男性の代わりに心の中でシャウトしている。…(中略)…もし、私が男性だったら、「自己受容できている女性」ではなく「こじらせ女子」に嵌ってしまう気がする。(面倒な思考を持たない「山賊」はきっと論外だ。)
ま、今生私に好かれても何のメリットも無いし、「こじらせ」は、恋愛、結婚市場においてはデメリットばかりなので早々に卒業をお奨めし、卒業できる方法をアドバイスさせていただいている。

何故なら「こじらせ女子」は長く患うと完治しない病だから。
若いうちに自覚し、思考パターン+行動パターンを改めないと、「こじらせおばさん」「こじらせお婆さん」と、健やかに成長を遂げてしまうからである。その生き証人が私の母だ。

…(前略)でも、それでも、結婚も出産も育児も、母を「こじらせ地獄」からは脱却させなかった。
その後、新興宗教めぐりを何年もやっていたが、どの教祖様も、どの教えも、母を助けてはくれなかった。色々と時すでに遅かったのだと思う。

 

えぐられた理由は2つ。記事中で語られた川崎さんのお母様についての描写に、自身の母の姿を見たから。わたし自身が20数年、目の当たりにしてきた、「こじらせてしまった女性」が孤独を極めていくさまそのものだった。

そしてもうひとつは、わたし自身に流れるその血脈が年々色濃いものになっているという、うっすらとした自覚が確信として突きつけられたからだ。

低い自己肯定感と高いプライド、せき止めようにもダダ漏れる支配的で独善的な性格。頼まれもしないのに、強がりと自虐で塗り固めた鎧を纏う一方で、心の内戦・少女性を垣間見せるという救われたがりの幼稚さ。

そんな自分を自覚することで、他人からの批評を遠ざけようとする卑怯さ。

自身の色んな言動が身につまされ、過去のうまくいかなかった恋愛たちを思い出した。

わたしはいつの間に、こんな風に「痛い自我」が固まってしまったのだろうか。自らの行く末を思い、ブログを読んだスマホ片手に、うなだれ途方にくれたことを思い出す。

 

【痛い女は「対岸の彼女」ではなかった】

「痛い女」といえば、川崎さんの過去のブログ記事にこんな記事がある。

bokurasha.hatenablog.com

現代女性は多様な生き方を選べる訳だが、その選択を迫られる時期が結構早いという事、そして、個人の社会的能力に関係なく、選択によっては人生がドラスティックに変わっていく事、などが男性とは未だ決定的に違う。自分の選択を信じ、捨てた他の道を振り返らず、果敢に生きていけたらそれは幸せな事だ。しかし現実は、自分が捨てた他の道を幸せに生きている女性達の姿ばかりが目につく。
特に、選択した道が上手く行かなくなったり、体調がすぐれなかったり、孤独にさいなまれたり、そんな「魔の時」に、ある女達は「痛い女」に変貌を遂げる。痛い女の何が悪いと、思う人もいるだろう。でも、周囲に迷惑をかけるだけじゃなく、その「痛み」は本人に何十倍にもなって帰ってくる。そして、痛い女は更に孤立し、もっと痛い結末へと自分を導いていくのだ。

「痛い女」の「痛い」は「痛々しい」が由来のはずだが、わたしはいつしか「イタイ=恥ずかしい」と捉えていたように思う。

しかしこの文章を読み返し、本来「痛い女」は「痛み」なのだと思い出した。「恥ずかしさ」のように開き直りで何とかできるものではないことを。そしてある人の痛み(傷み)をその身近な人が悼む辛さは、尋常ではないことも。

「大切な人の痛みこそ、愛せばいい」そう口にするのは簡単だが、他人の痛みを他人が愛し続けることが出来るのは、当人が自身のことを受け入れ、痛めつけない方向を向いている時だけだ。当人がそこに本質的に目を向けず、他責にし恨む中で、他人の愛は効力を持たない。

だからよく「まず自分を愛せない人は他人からも愛されない」と言われるのだろう。『愛は技術』の根底には、その根本にある女性の「自己肯定感」についての思想が流れている(「母親の呪縛~自己肯定できない女たち」P.214)。

【「ありのまま」じゃ幸せになれない?!】

しかし「自己肯定感を持ち幸せに生きる」こと=必ずしもすべてありのまま生きていけることでは、無い。川崎さんを良い意味で「甘え」がないと評したのはこういうところでお茶を濁さない、甘やかさないからだ。

むしろ幸せに生きるためには、コントロールしなければならないことの方が多い。内からせりあがってくる苦しみや辛さをありのまま発露することではないし、身に降りかかる辛苦をいたずらに我慢したりするのではなく「正しくコントロールする」ことを要される。

特に「キャリア系」と括られるような女性(自分自身への戒めを含めてだが)は、一見正しくコントロール出来そうで必ずしもそうではない。

我慢してはならないところで無駄に持ち前のガッツを見せ、コントロールすべきところで何故か独善的な甘えが露呈したり、ぷっつり糸が切れるところがある。

当人の気質が劣っているのはなく、人よりも理想と根性を持つ特性と、普段厳しく甘えられない環境に身を置いているという結果の裏面なのだけれど。

恋愛・結婚においても、キャリア系女性がダメんずの事故物件を引き受ける、イイトシした男の母親代わりになりがちとされるが、「じゃあどんな男を育てたらいいの?!」の答えもきちんと『愛は技術』では語られているのが、キャリア女性を幾多フォローしてきた川崎さんならではだと思う。

(第2章『愛しい男を育てる技術』「男をだめにするキャリア女性たち」)

【大人には「大人の女道」】

第4章『アラサ―の選択「大人の女道』にこんな記述がある。

一歳でも若く居たいという女性自意識から逆行するかもしれませんが、ライフステージに何かとリミットがある女性側が、とっとと腹を括って大人化した方が圧倒的に合理的なのです。
「大人の女道」とは、結局の所「女のダンディズム」なんですよ。
私達が履くハイヒールというものは、歩きづらいし、足も腰も痛くなるし、決して楽な代物ではありません。それでも、私達は「綺麗に見えるから」履く訳です。
それと同じように、大人の女達は、たくさんの問題や葛藤を抱えながらも情緒を安定させ、慌てず騒がず、無駄な時間や人間関係に魂を奪われず、自分の美学を持って生きておるのです。我慢の先の艶、なのです。(『愛は技術』P.200)

この記事のベースとなった下記リンクのブログ記事では、このままだと女子妖怪?!普通のおばさん行き?「「大人の女」チェックリスト19」が記載されてる。

ninoya.co.jp

 半年前に上記のブログ記事を拝読し、指折り数えながらチェックリストを読み進めた際に、金麦のCMにいらいらしてしまう(当てはまっていた)わたしは「ですよね・・・」とうなだれつつも(うなだれてばっかだな)、「選ばれる客体からの脱却を目指し、愛され女子HOW TOをむりやりマネしようとすることと、大人の女になるための痩せガマンは根本的に何が違うのだろう?」という疑問と窮屈さを感じたことも本音である。

その疑問は今回『愛は技術』を読んで腹落ちした。人間にとっての幸せは、究極「人に愛されること」であり、その手綱を握る主体が誰であるかが重要だと理解したからだ。

誰もが「幸せになりたい」と思う。しかしどれだけの人が「自分の幸せ」に対して腹を括れているだろうか?

川崎さんは本著で「自分の人生を他人マターにするな」(=だから「白馬に乗った理想通りの男性を待つのではなく、愛する技術を身に付け、愛する人・自分自身を育む」ことや、そのためのキャリアアップが必要)という主張を一貫してされている。 

人は一時の感情やドーパミンなどの脳内ホルモンに翻弄され、時として「不幸せ方面」に流されやすい

しかし選択肢と迷いの多い女人生の岐路に居ても、自分自身の手綱をしっかりと握りしめていれば、例え一度や二度方向を間違えたとしても、必ず幸せになれる。そして道に迷うことを、手綱をゆるめる理由にしてはいけない。本著を読んでいるとそんな気がしてくる。

 

あとがきにこんな一文がある。

「「何度失敗しても大丈夫。幸せになれるよ。だって女だし!」というメッセージをひとりでも多くの女性たちに届けられるように、私自身も失敗を恐れずチャレンジし続け、これからも「女の生き様」を刻み続けたいと思っております。」(『愛は技術』P.247)  

ロールモデルが周りに居ない」「あの人みたいになりたくない」ということを口にする女性ほど、自分以外の女性の生き方をよく見ているように思う(反対によく見ていない人ほど、「憧れ」という言葉を誰にでも簡単に口にしている気がする)。

自分にも他人にもシビアで裏も表もよく見えるからこそ、そう思うのだろう。

 どんな人も、キラキラしている時もあればしていない時もある。美しさもあれば醜さも併せ持つ。

女性たちがそんな自分たちの生き様を、女性同士で出し惜しみなく見せ合い、経験を言葉にし、本音で語り合う。そんな女性たちのカッコ良さにシビれ、刺激を受け、自分で愛を育んでいく。周りに人が集まってくる。それだけで孤独な「痛い女」にはなりきれない。

孤独になっても、なんの良いことも無いから。

 

裏も表もあって当たり前。女の業が深くても、愛する技術は身を助く。

自分自身の手綱を引いて、時にすべてを受け入れ、ハイヒールを履く。

いつの間にか「女子」ではなくなっていたアラサ―世代。歳下から見れば「アラサ―になりたくない」で、上から見たら「中途半端」で。

だけど、「大人の女の人生」を歩みはじめるのも悪くないな、そう思わせてくれる一冊です。

 

アラサーOL徒然日誌

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早朝に目をさまし、二度寝したら仕事でやらかす夢をみた。

 
よくない夢のせいで、低血圧の身体がいっそう重い。

ふらふらと起きて、代謝を上げるために白湯を飲むべく、机上のティファールをにらみつけ、携帯で時間を確かめる。

毎朝まいあさ、湯も沸かせない時間まで起きれない自分がうらめしい。枕元の飲みかけのペットボトルに手を伸ばしてなんとか目を覚ます。


ぼんやり袖を通すニットは去年よりもぶ厚くて、ゆったりしている。ニット1枚と諭吉を引き換えるようになったのは、数年ぶりにひとりで冬を過ごした、2年前の冬だった。


引き出しを開け、ねじれた黒いかたまりの中から、生地をつまんで確かめ、ひとつ選ぶ。

裏起毛のタイツは、数年以上前から市場に出回っていたのだろうか。

涙袋をつくるためのシャドウや矯正下着。しかるべき世代のアンテナにしかヒットしない「奥の手商品」というものがある。

一昨年までは、80デニールのタイツにも抵抗があった。

加齢とは、媚びや気まずさに開き直りが勝つことなのか。いま手にしている裏起毛のタイツは150デニール、50デニールの実に3倍。開き直った後の加速は誰にも止められない。

  

電車待ちの間、駅の自販機でホットのお茶を買い、カイロ代わりにするのが日課だ。
乗りこんだ電車では、目の前のシートに座る8人中7人がスマホを見ていた。
これじゃ交通広告も商売あがったりだわなと週刊誌の中吊りを見やると、久々に見たタレントが袋とじになっていた。


始業時間、気配を消してデスクに滑り込む。
仕事のツケをポストイットに残したのは昨日のわたしだ。はて、なんのことだっけ…眉間にシワを寄せて解読する。

朝からいくつかのクライアント対応とMTGをこなしていたら、あっという間に14時を過ぎていた。

午前中に買ったコーヒーは、ほとんど口を付けていないまま冷めていた。
カップについた口紅を拭う。
2年前に「大人はすっぴんでも口元だけはメイクしろ」とミス・ユニバースを育てた人の本に書いてあるのを読んでから、それだけは地味に守っている。

 

取りそびれたランチをコンビニで調達しようと、財布を持ってフロアを出た。
なかなか来ないエレベーターを待っている間、2年半前に別れた元彼の結婚がふと頭をよぎる。

エレベーターがやっと来るも、混みあっていたので、見送った。こういう時は無理やり乗っても見送っても、どちらにしろ気まずい。

目の前に来たタイミングで乗らないと、またしばらく待たなければならないのはなにごとも同じだなとしばらく待ちぼうけていた。


先週末あるイベントで人生の大先輩にあたる著名人に、「あなたは頭でいろいろ考えすぎなのよ。」と言われたことを思い出す。
目の前に座っていたわたしより2つほど上の、髪をきれいにアッシュに染めた主婦が言った。「プライドが高いんですかねー。」

「そうね、ごちゃごちゃ理屈並べて、足がすくんでんのよ。」

 

ショーケースに並んだ炭酸水に手を伸ばす。きっと今日も帰りは遅くなる。

 

すこし前、大学時代の後輩が「恋愛と結婚は別ものとわかってるけど、結婚向きの人を好きになれないし、キス出来る自信もない」とこぼした。
すると既婚者の先輩が「結婚に夢見すぎじゃないの」と言った。

後輩は一瞬表情をこわばらせた。

 

みんな、自分の生き方を肯定したい。
自分の生き方を肯定しようとして、ほかのだれかの芽を意識的・無意識的につもうとしてしまう。

 

店内を回遊するも、特段惹かれるものもなく、ブロッコリーとジャガイモとタコのサラダに手を伸ばす。
アンチョビで和えたら、どんな組み合わせもなんとかなるのだろう。
何が「マリアージュ」になるのかなんて、食べてみなければわからない。

そうれはそうなのだけど。

 

フロアに戻りメールを起動すると、同期の退職報告のメールが届いていた。
女はいつも迷っているようで、腹を決めてからは周りがついていけないほど行動が早い。

お互いの近況報告が続くが、わたしの近況・・・はなんだろう。返信を打つ手が止まったまま、メールを閉じる。

 

夕方から夜まで、後輩から立て続けに仕事の相談を受けた。

 

独善的で説教臭くて高圧的。

そういう自分をさいきんよく見かける気がする。

 

昔、同性の先輩がイライラしてる時「あぁはなりたくないよね」と言ってる人がいた。

「だって怖いじゃん。」

その一言が頭をよぎる。

 

「怖い。」「疲れてるね。」という言葉ほど、働く女を傷つける言葉はないと思う。まぁ、言われる方に要因があるのだけども。

 

そんな自分が嫌で、でも止められない。誰か止めてと思う一方で、誰にも気づかれないで欲しいと願う。

 

頑張りすぎる、マジメすぎる、主観や正義感が強すぎる。

女が仕事に躓く時、実は「足りない」なんてことは少なくて、なんでも「すぎる」時が多い。

 

「女」というより、わたしの場合か。上手にやってる人も居る。

あの頃の自分の視線が痛い。

 

「自分以外の誰かに何を伝えるなら、“経験のシェア”による本人の気付きが最も有効である」。そう思う。

人に対して何の圧も発していないのに、思わず周りが助けたくなる、そんな人だって居る。

ひとは、自分が持っていない武器を持っている人間に、どうしようもなく魅力を感じるのだろうか。いつもそういう人ばかり好きになる。

 

春雨スープとお菓子を夕飯代わりにして、やっとひとり落ち着いてもくもくと仕事を片付ける。
今日も、明日の自分にポストイットで希望を託す。これにて本日閉店、失礼します。

昼すぎに買った炭酸水がまだ残っている。ビールが飲みたいけど今日はこれでがまんする。

 

ツンとする夜の冷たさ。
通り過ぎる、28の冬。

 

寄り道したコンビニで、今朝中吊り広告に載っていた、袋とじの見出しを見つける。
ほとんど見かけなくなっていた彼女は、この数年どんな日々を過ごしていたのだろう。

 

年中真夏感のある週刊誌の表紙と比べて、女性ファッション誌の踊るような季節感。

石原さとみがこんなに複数の女性誌の表紙を飾るなんて、時代はわからないなぁと思いつつパラパラめくる。

 

「女の人はやっぱり恋をしていなきゃ」

芸能人が女性誌のインタビューでそう答えるのは、業界ルールのひとつなのだろうか。

 

あのアッシュの髪色の主婦は、今でも旦那に恋してときめいてると言っていた。自分から猛アタックして付き合い、結婚出産に至ったそうだ。

 

結婚後も、はたして恋をするものなのだろうかと気になって、婦人公論の表紙を見た。

今月の特集は『大人の恋 運命の引き寄せ方』だった。

 

やはり、先のことはわからない。

 

それより、石原さとみも美容と健康のために、恒常的に白湯を飲用していることを知った。

明日の朝こそ白湯を飲もうと、コンビニの書棚でひとり決意を固め、帰宅する。

 

帰宅後風呂を沸かし、あたたかい湯船に顔をうずめる。

 きょう一日の自分の言動を振り返る。

 

「あなた傷ついたって言うけど、私の方がもっと傷ついてるんだからね。」

 

あの人がその後に続けようとした言葉が、「だから人生にもっと飛び込め」なのか「だから偉そうなこと言うな」なのかはわからない。

 

もう恋愛をしたくない、わけじゃない。


「恋愛をしたい」よりも「もう二度と失恋したくない」という気持ちの方が強いのかもしれない。

 

だけど、自己憐憫にまみれて涙を流すくらいなら、頭でっかちで足がすくむくらいなら、笑って飛び込んでいった方がいいのだろう。

 

・・・さっき雑誌で見た、シフォンスカートの鮮やかさが浮かんだ。 

春には、肩の凝らないGジャンに、春色のスカートを合わせて出かけたい。

 

女の季節は、巡り続ける。

 

去年よりひとつ歳を重ねたわたしにも、春はもうすぐやってくる。

 

 

「快」に生きる。

友人の小野美由紀ちゃん@MiUKi_None(https://twitter.com/MiUKi_None)が、この度処女作となるエッセイ集を出版した。

 

傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫)
傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった (幻冬舎文庫)

 

  • 作者: 小野美由紀
  • 発売日: 2015/02/10
  • メディア: 文庫

内容はこれからゆっくり読ませていただくので、読後感想はしたためられないのだけど、彼女が処女作の発売に寄せたブログ記事誰かを恨んだり、不幸を人のせいにしないためには、好きなように生きるしかない。ー「傷口から人生。」発売によせて | None.がとても素晴らしかったので、久々にブログを書こうと思った次第。

わたしの独断で、刺さりまくった箇所を勝手に抜粋させていただきます。

 

この本を通して私が書きたかったのは、「他人や社会を恨まないためにも、自分の好きに生きたほうがいいよ」という事だ。
「あなたがもし、自分のことを「イケてない」と感じているならば、それは他人や社会を恨んでいるからだ」という事を突きつけたくて、この本を書いた。
「他人を許さないと幸せになれないよ」とか「親を愛さないと自分も愛せないよ」とか言うことは、「親なんて許さなくていいんですよ!!」と激怒することと、正反対に見えて全く一緒だと思う。
人生の中の、「誰かのせいで好きに生きれないなあ、しんどいなあ」という部分を解決しようとフォーカスするのではなく、「自分の好きに生きる」領域を、少しずつ、押し広げてゆくことが有効なんじゃないかと思う。“どうにもならない今の時点”の中で、「自分の好きな事、快適にいられること」を押し広げてゆく。本当に、1ミリ1ミリでいいから。
だから、今、何かが上手くいかなくて、苦しかったりもやもやしたり、自責感に苛まれている人は、安心してほしい。無理に、元気を出す必要もない。もやもやした人生を、ただ、快なるままに過ごすだけでいいと思う。誰にどう思われるか、他人に迷惑をかけていないか、社会的にどうかなど気にせずに、ただ、すこしずつ、一個一個の不快のスイッチを、快に切り替える作業に淡々と励めばいいと思う。そうしているうちに、人生が自分をどこかに運んでくれる、ということがある。

以下、(美由紀ちゃんの意図と相違があったら申し訳ないのだけど)自分の感じたことを書きます。


わたしは美由紀ちゃんのこの文章を読んだ時、「(自由な)大人の生き方とはこのことだなぁ」と思った。


というのも、幼少期・思春期に「子どもは居場所を選べないから不自由だなぁ」というようなことを考えていたわたしは、どこかで「大人になる=年々自由になること」だと置いていた。 


なのにここ数年、自分に対して、そして他人に対して、不自由を強いていることをうっすら自覚していたのである。


過去の手痛い失敗を恐れ、臆病になった。

過ちを繰り返さないように、手遅れにならないように、要因や傾向を言語化したはいいものの、頭でっかちで理屈っぽく抑圧的になってしまった。

そしてそんな自分を肯定したいあまり、他人にも威圧的になっていった。

さらにそれが回り回って、いつしか社会にうっすら怒り、妬んでいたのではないかと思う。


例えば、「早く結婚しないと売れ残っちゃうよ」「子どもは早く産まないと後悔するよ」と焦らす世間。

そんな「世間」に憤慨しつつ、自由に生きる歳上の人を横目に「ここまで貫く勇気はない」「手遅れになるのが怖い」と、自分は未だセーフゾーンに居るのだと慰めていた。

所詮若さと勢いだけで生きてきたのだろうか。

「無知故の自信と意志」というコンパスをなくし、道に迷うスカスカになったスポンジは、そんな幾多の情報を摂取して、あっという間に情報デブ、チキンな耳年増になった。

「誰も彼も転ばぬ先の杖話ばかりでうんざりだ!」と辟易する一方で、実際には誰よりも不安を感じていたし、自由に振る舞う人たちのこともそれはそれで妬んでいたように思う。

自分の人生を生きやすくする「経験」や「知識」という杖を得たつもりが、その杖に引きずられるように振り回されていた。

選んだものに腹を括ることを考えず、「何を選ぶべきか」ばかり迷っていた。



 

 

そんな「自分自身への抑圧」を考える際に、わたしは自分の母のことを思わずにはいられない。

 


母の狂気 - アラサーOLクソ日誌。

 

わたしの母は、幼少期から学校や親を恨み「わたしは辛いことがあってもひとりで耐えてきた」「やりたいことはたくさんあったけど、そのせいで出来なかったの」が口癖だった。


ここ数年歳を重ねるごとに、そんな母とカオが似てくることに気づく。


自己謙遜する時の卑屈な笑顔、批判された時の憤り方。

ハタから眺める自分は、母とよく似ていて、低い自己肯定と高いプライドがこじれた、泣き顔とドヤ顔が混じったような、行き場をなくした表情をしている。

母と同じ縄が、わたしにもかかっていたことに気付く。母がかけた縄もあるけれど、わたし自身がかけたものもある。


その縄をほどこうと必死になればなるほど、縄は固く結ばれ、わたしは途方にくれた。


しかし、美由紀ちゃんの記事を読んで、わたしがするべきことは躍起になって縄をほどこうとすることではないんだ、と思った。


母が少しでも快く生きることが、結果子どもに大きな影響を与えるように、自分が心地よく生きることが、自身自身を育む。


わたしが最も記憶に焼き付いている母の姿は、母が父と離婚後、欺瞞や抑圧から解放され自由に過ごしていた頃だ。


母が外に働きに出たのはその時期で、一緒に過ごした時間が最も少ない時期のはずなのに、その頃の母が一番美しく印象深く残っている。

母がのびのびと快く生きている、それだけで心が軽くなり、前向きになれた。


自分の母親の話ばかりしてしまったけれど、このことは親子関係だけでなく、自分自身との関係、夫婦や恋人、職場での関係も当てはまる気がしている。


自分に正論を強いること、我慢すること、理解したフリをすること、大人ぶること、諦めること。

その負荷は他人へのそれとつながる。


自分に課しているその重いバーベルの重量は、必ず他者にとっても重しになっている。


美由紀ちゃんの書いているように、「自分の好きなこと、快適にいられることを1ミリずつでもいいから押しひろげ」、「快」のスイッチに切り替えていけば、その縄は少しずつゆるゆるとほどけるかもしれない。


息継ぎなしのクロールや不自然なバタフライを続けなくても、ゆるい平泳ぎをするように、ここちよい方を見つめ、一見流されるようにゆるゆると泳いでいけばいいのかもしれない。

 

通勤電車の中で彼女の記事を読みつつふと窓に目をやると、窓に映る自分が去年より少しだけ老けた気がした。



「自分がより自分らしく居れる」という愛

常々公言していることだが、わたしは結婚式が苦手である。

長時間の着席に、凝り性末期の身体が耐えられない。そして、自意識過剰なゆえに、こちらまでとても恥ずかしくなってしまうのだ。

幼い頃、家族でデレビを観ていた際にラブシーンが出てくると、突如食卓下の床に穴を掘って入りたい衝動にかられたものだが、それに近いものを感じてしまう(ケーキカットとかまともに顔が上げられない)。

唯一「ご両親へのお手紙朗読」コーナーは安心して顔を上げて拝聴出来るが、よくよく考えたら二次会の帰りの電車時点でもまともに内容を覚えていないような我々が拝聴する必要はなく、親子親族間でめっこり振り返りをしてもらえば済む話ではある。

だいたい、結婚する時は「日頃の感謝を云々」「未熟な私どもに今後もご指導ご鞭撻を」と言っておきながら、離婚時には「二人で決めたことなので」と言う。だったらハナから他人を巻き込まず、二人きりで始めてほしいものである。


もうここまで読んでいただいた時点で、20人ほどにほ軽く軽蔑されてる気がする。

 

だがしかし昨日は、大学時代に愛した後輩のひとりが結婚するというので、迷いに迷って断ることが出来ず(本音)、人生で数回目の披露宴に馳せ参じた次第である。 

結果、柄にもなく、目頭が熱くなってしまった。

何故かと言えば、5,6年ぶりに再会した後輩である新婦が、彼女が私と出会った18歳の頃のまま、いやそれ以上に無邪気に愛されていることが伝わったからである。 

彼女とは大学のサークルの先輩・後輩として出会った。

私の所属するサークルの新入生歓迎コンパに、天然記念物と見まがう天真爛漫さで乗り込んできた九州女子だった。

コンパ会場の居酒屋で、他の新入生女子がニコニコと笑顔で先輩たちと盛り上がってる中、何故かひとり居酒屋の畳で突然スライディングをかまし始めた彼女を「逸材だ」と思い、「キミはいいね!」と口説きまくった。

他の新入生コンパで浮いていたのかもしれない彼女は目をうるうるさせながら懐いてくれた。

そんな無邪気すぎるほど無邪気で、明るくて正直で、そしてなによりひとに対し惜しみなく心を尽くす子だった。

そしてそれゆえに誤解されたり、傷つくことも数多くあった。そんな彼女を、自分がかけられるすべての言葉を尽くして、肯定したいと思った。 それは彼女の明るさと無邪気さに、当時の自分は誰より救われていたからである。


そんな彼女と彼女の旦那になった彼の馴れ初めは、新卒の入社同期らしい。

きっかけは、新婦が自身の誕生日に近所の居酒屋でひとりで飲んでいた(泣ける)ところに、偶然今までまともに会話したことのなかった新郎が同期友人と同じ店に訪れたこと。このエピソードもとことん、彼女らしい。

 

彼女を愛しそうに見つめる新郎に嬉しくなり、写真撮影の際に「いい人に出会ったんだね」と声をかけると、彼女は「こんなわたしを好きになってくれた人が居ました~!!」と目をうるうるさせながら言った。

そんなの、当たり前じゃんか(号泣)。


一部始終、あんなにニコニコ心から無邪気に笑っている花嫁を初めて見た。

あんなに笑ったり、泣いたり、隙あらば目の前の食事に手を伸ばすほど自由な花嫁を、初めて見た。

 

そんな様子を見ながら、私はこの記事のことを思った。

「愛とは、誰かのおかげで自分を愛せるようになること」 芥川賞作家・平野啓一郎氏が説く"自己愛"の正体 | ログミー[o_O]

「愛とは誰かのことを好きになることだ」。この定義自体はもちろん間違っていませんが、今僕が付け加えたいのは、愛とはむしろ「他者のおかげで自分を愛することができるようになることだ」と、そういうふうに考えてみたいと思います。

あの人の前でなら自分は思いっきりリラックスして、素直になれて、いろんなことをさらけ出せる。他の人の前では決してできない。

不幸にして、人間の関係には終わりが来ることがあります。喧嘩別れしてしまうこともあれば、死別してしまうこともあるかもしれません。誰かを失ってしまう悲しみはもちろん、その人の声が聞けない、その人と抱擁できない、いろいろなことがあると思いますが、もう一方で、「その人の前でだけ生きられていた自分を、もう生きることができない」という寂しさがあるのではないでしょうか。

あんなに自由にいろんなことをしゃべれたのはあの人の前だけだった。あんなに素直になれたのはあの人の前だけだった。あんなに馬鹿なことをしてあんなにくだらないことをできたのはあの人の前だけだった。

その人がいなくなってしまって、自分はもう、好きだった自分を生きることができない。それが別れの悲しみなんじゃないでしょうか。

逆ももちろん真なんです。僕は誰かから「あなたのことを愛してます」と言われれば、有頂天になりますね。「やったー!」と。しかし、誰かから「あなたのおかげで自分のことを好きになれた」と告白されたなら、あるいは「他の誰といる時よりもあなたといる時の自分が好き」と告白されたなら、それはなにかもっと胸に迫ってくるものがある気がします。

自分の存在がそんなふうに他者の存在を肯定させているんだということには、なにか感動的な喜びがあります。人間はそんなふうに、好きな自分っていうのを一つ見つけるごとに、生きていくための足場というのができていくんでしょう。

 

私が今回何よりも嬉しかったのは、彼女が歳を重ねても、精神的に不自由になることなく、むしろ新郎から愛されることにより、さらに自由に彼女らしくなっていることだ。

そして式の間も、「自分を貫いて」「自分らしく!」と、至る場所でメッセージしていた彼女。

それは彼女自身の葛藤や闘いが出した答えなのだろう。

その答えを強固な足場の一つとして、夫婦を超え、家族を超え、世の中の多くの人に、その底抜けの明るい笑顔をたくさんの人に見せてほしいと願ってしまう。 

老若男女、金や権力の有る無し、外見や立場や才能にかかわらず、「どんな人からも受け入れられ、愛される人」なんてどこにも居ない。

 みんな心のどこかで拒まれることを恐れ、受け入れられることを願っている。

「居心地の良い自分」「自分のことが好きな自分」で居させてくれる人は、ほんの一握りだ。

だからこそ、愛とは特別で、人を自由にするもの。

自分自身のままで、愛し愛される関係を築き、本当に自由になった彼女は、本当に美しく、伸びやかな花嫁だった。



紅葉、あと何度。

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週末、京都に紅葉を観に行った。
 
行く先々紅葉はとうにピークを過ぎていて、かろうじて残る葉を愛でる程度だったが、良い旅だった。
 
 
 
京都に行くと、両親の学生時代に思いを馳せてしまう。
それがわたしが唯一知っている二人についての話だからだ。
 
 
僅かに残る、紅々と色づいた葉を眺めながら、三十年前の二人を思う。
 
 
周囲に分かり合える人が居なかった同郷の二人が、それぞれ大学進学時に片田舎を脱出するかのように下宿先を京都に選び、そこで出会った。
 
 
本を読み、意見を交わすことを何よりも好んだ母は、大学院で哲学を専攻していた父と話すことが楽しくて仕方がなかったらしい。
友人を持たない母が、楽しく話が出来る唯一の相手だったそうだ。
 
 
その後、父が家庭の事情で希望していた研究者の道に進めなかったこと、子どもが産まれた後の互いへの失望や誤解の数々を経て、二人の仲は修復不可能なまでに拗れた。
 
 
最期まで顔を合わせることなく、分かり合えない二人だった。
 
父が亡くなってからも、母はたまに思い出したように愚痴をこぼすだけで、父の話を滅多にしなかった。
 
 
そんな母が、この間ふと漏らした。
 
 
「パパは旦那や父親としては好きになれなかったけど、価値観は合ったし人間的には面白い人だったから、最近本を読むとお父さんに話しかけるの」と。
 
 
「死が二人をあの頃に戻したのね…」と一瞬思ったけれど、自分の都合の良さを棚に上げて、他人の軽薄さと大げさを嫌がる父母なので、「マジか。」とだけ呟いた。
 
 
特に父は世間の軽薄さを忌み嫌っており、わたしが中学生の頃によく、TVで「天国へのメッセージ」なんかを読み上げる番組を観ていると、「死んだ後に、伝えられることなど何もない。生きている者の気休めと傲慢だ。」と毒づき、茶の間を白けさせた。
 
そしてその二年後に、亡くなった。
 
 
 
カップルが並ぶ鴨川を横目で見ながら、ふと「しかし心の中は自由だ」と思った。
 
 死んだ人を生きてるかのように想うことも、別れた人と再会したかのように話しかけることも出来る。
失った人に、懐かしさや愛しさを感じることも出来る。
 
そこに何を見い出そうとも、他人が口を出すことは野暮というものである。
 
 
だけども、あの鴨川沿いに仲睦まじく並ぶカップルたちのように、互いの気持ちを伝えあうことは、もう出来ない。
わたしにとっての「死」や「別離」の残酷さはそれだ。
 
はらりと朽ちた葉が、流されていった。
 
 
四十九歳の若さで亡くなった父は、母と四度、京都の紅葉を眺めた。
 
 わたしが五十まで生きた場合、紅葉を楽しむことができるのはあと二十二回。
 七十まで生きられたとしても、あと四十回ちょっとである。
 
 
そして母は、恐らくあと十五回ほどだ。
 
 
紅々と色付いた、数少ないもみじの葉を見つめながら、母のことを思った。
 
 
 
 

「幸せの要件定義」

最近お悩み相談的なやり取りさせて頂くことがあるのだが、みんなとても頭の回転が早く、美しい人ばかりだ。

 

言葉選びや気遣いから垣間見える、その思慮深さを目の当たりにするにつけ、今までの人生、たくさんのことを考えてきたんだなぁ…

というよりも、考えざるを得ない状況を乗り越えてきたんだろうなぁと、(馴れ馴れしくて申し訳ないけれども)、愛おしさを感じ、涙ぐむ。

 

 何の役に立てるわけでもないのだけど、そういった思いに駆られてしまう。 

 

それは彼女たちの言葉の節々に、自分自身と同じように、自己肯定感の低さ・がんじがらめになった高いプライドを感じるからだ。

そしてその向こうに「救われたい」気持ちが垣間見えるように思うのは、自意識過剰だろうか。

思慮深いからこそ、あからさまに甘えたりできなくて、それが「(特定の異性に)救われたい病」「(ありのまま)報われたい病」になってそれがダダ漏れているように感じる。 

わたしはここ最近、そんな生きづらさを抱えたわたしと彼女たちが「生きやすくなる」出口はあるのかと思案していた。

 

そのきっかけになったのが、敬愛する川崎貴子さんの以下のブログ記事である。

こじらせ女子の末路 | @ninoya_blog


<以下一部抜粋>

私の友人達(アラフォー以降)は、女性特有のめんどくささが無い。
決断が早くロジカルで、悩みがあっても自分自身で整理することが得意な人が比較的多い。皆、例えストレスが溜まっても、「ガハハハ!と笑いながら山賊みたいに酒を浴びて終了。」というタイプなのだが、年下の友人達、特に恋愛相談に来る若いお嬢さん方は真逆。彼女達は大抵「こじらせ女子」だ。

可愛くてスタイルも良く、学歴も高いし仕事もデキる。そんな非の打ちどころのないお嬢さんにいったい何のお悩みが?と思い話を聞いていると、途中から雲行きはバンバン怪しくなり、彼女達の奇行の数々が露わになってくる。その度に、「うわ!めんどくさっ!」と、私は彼氏、もしくはデートのお相手男性の代わりに心の中でシャウトしている。

シャウトしながらも私は、彼女達の事が実はとても好きなのだと自覚している。
…(中略)…ま、今生私に好かれても何のメリットも無いし、「こじらせ」は、恋愛、結婚市場においてはデメリットばかりなので早々に卒業をお奨めし、卒業できる方法をアドバイスさせていただいている。

 

何故なら「こじらせ女子」は長く患うと完治しない病だから。

若いうちに自覚し、思考パターン+行動パターンを改めないと、「こじらせおばさん」「こじらせお婆さん」と、健やかに成長を遂げてしまうからである。

 

この記事には川崎さんのお母様が永遠のこじらせ少女で、その反面教師論が綴られている。

同じように『永遠のメルヘンサイキッカー』の母

母の狂気 - アラサーOLクソ日誌。

を持つわたしとしては、これを拝読した時、突き上げるような痛みと衝撃を感じた。

スマホの画面に夢中になるあまり、はずみでウォシュレットを「最強」にしたからだけではない。

 

「"こじらせ"は、そろそろ概念として一周した感がある」とは友人談だが、「若いうちに自覚し、思考パターン+行動パターンを改める」有効性(年取ってからじゃ遅い)は不変だ。

 

恋愛や結婚に限った話ではなく、長い人生全般に言える話である。

既婚・未婚、彼氏の有無、仕事の有無や職種が「幸せ」を決めるわけじゃ、もちろんない。

だからこそ、「自分の欲しいもの」「抱えなくていいもの」を明確にすることが大事なのである。

 

「幸せになる」ために必要なことはなぜか?

それはまず「幸せの要件定義」をすること、である。

幸せになりたいのに「なれない」のは、

「自分が幸せな状態の要件定義」が出来ておらず、

「(目の前の感情に都度流されるから)目的意識が弱く」、

「正しい努力が出来ていないから」、その一択である。

 


実はそういう女性に足りないのは、日頃「スペックで男選びすぎ」とか「Ca●Cam系にはなれないわ~w」とバカにしているような、いわゆる「ゆるふわ女子」のその「目的意識の強さ」なのだ。

そういう女子たちは「自分が何を欲していて」「何が無いと生きられなくて」をよく知っている。

 

そうなれないのは、キャリア女性にありがちな「選択肢の多さ」が問題ではない。

だったらキャリア女性全員が路頭に迷ってる。

 

問題は「自分が幸せな状態」を素直にイメージできていないことだ。

自分の頭の中にないものを、そりゃ実現できるわけがない。

 

「モテないわけじゃないんです」

「結婚はしたいけど、恋の仕方を忘れた」

「結婚したいのに、する気がない男とズルズル…」

「つまらない結婚ならしたくない」(じゃあ貴女にとって楽しい結婚ってどんなの?)

「専業主婦は嫌だけど、このまま男性化して働くのはちょっと…」

 

 

たとえば、不特定多数の男と寝まくる女が居たとする。

彼女が「世界中のイイ男とヤリたい」という目的意識の下に実行しているとしたら、それは敬意を表すべき目的達成意識もしくはミス・トレジャーハンターだが、「本当は特定の彼氏や旦那に愛されたいのに、寂しさに流されて」だとしたら、その打ち手は「不毛の極み」と言うほかない。

幸せの要件定義、目的意識、そのための正しい打ち手とはそういうことだ。

 

もっというと「要件定義を明確にする」ためには、自分に対して上記のような、あぁだこうだと不要なエクスキューズや、不当な要求をしないことである。

そのためには「今の自分に対して腹を括る」ことだ。

前述の目的意識の強いビッチがもし、「付き合う前に寝たら、本命になれないって言うし…」なんて言い出したら、国会で議員が全会一致で議席からズッコケるくらいのドリフ感である。

永田町に激震が走るとはこのことである(違。

 

そういうタイプが、なぜシンプルに要件定義が出来ないのかと言うと、「自分の感情を抱きしめ過ぎている」からだ。そしてその感情によって、目的意識が流される。

どんな感情も、美しくてもったいなくて抱きしめちゃう。

 それは幼い過去や普段、いろんなことを理解したふりをして自分の感情を抑え付けて来たからかもしれない。

「自分を分かってる」という自己認知があったり、「キミは分かっているね」と他人に言われて、なおさらそこにすがりついて離れられないのかもしれない。

 

不要なプライドや意地は、捨てるのはムリでも、出来るだけうまく散らして付き合って行こう。

自分自身を「救う」ことと、自分にすがりついて生きることは別物だから。

 

自分の幸せを要件定義し、腹括りをし、そして依頼心を抜け出した者だけが、前述のミス・トレジャーハンターになれる。

ビッチにはなりたくなくても、「目的意識を持つ」者だけが、見る者に爽快感すら感じさせるような、「幸せ」を味わえるのだ。

 

 

自分を「許す」ための「憎む」強さ

最近「大人になる」ってことをよく考えるのだけど、世の中で使われる「大人」ってイコール、「他者を許せる人」って文脈が多いなぁと。
 
ひどい親も、支配しようとする異性も、自分が「大人」になって許しましょうと。
許す対象はいつも「他者」だ。
 
だけど、そもそもつまり、大人って「自分を許すことが出来る人」だと最近思う。
 
 
というのも、他者を許してる人は自分を許してる人だと思うから。
そして他者を許せる人は、他者を憎みきれる人でもある。
 
常々、世間では「他者を許す強さ」については語られるのに「憎む強さ」についてほぼ語られないと感じる。
 
「許す」方が美しく、そして生きやすくラクだと潜在的に理解しているからだろうか。
 
「他者を許す」は成熟、愛情と受け取られ、「他者を憎む」は、未熟さ、感情の未消化、こじれと安易に受け取られる。
 
 
「他者への憎しみ」が「悪」と捉えられる場合、「憎しみは連鎖するから」と言われるんだけど、健全に憎みきることが出来れば、実はそれは連鎖しないのではないか。
 
むしろ憎みきれずに、自分を責めたり、自己正当化したり、救いを求めようとすると、その渇望感や満たされない時の失望がエスカレートし、「恨み」に変わる。
そして恨みは連鎖する。世の中の争いごとは恨みの連鎖から起こる。
自分にとっても周りにとっても、一番不幸なのは「恨む」ことである。
 
 
その意味で人生の大きな苦しみのひとつは、親を憎むことだと思う。
それは「憎みきれない」から。
 

親が開けた心の穴が、その子どもを何かしらの形で生き辛くしている時。

親が確かにあの頃のまま、自分の中で生き続けている、自分自身が脈々と受け継いでいることに気付く。
 
本当はその親を自分の中で生かしたって殺したっていいんだけど、人は自分にとって大事な存在を殺しきれない。
 
その存在に手をかけて殺めようとすると、その対象が親であり既に自分自身であることに気付く。
憎むべきなのに、どうしようもなく愛している。すがりついてしまう。
 
その苦しさは、周りの想像をはるかに超えているだろう。
 
 
 
他者を「許す」「憎む」ことが出来るのは、ある意味自分以外の誰か、何かのせいに出来てるから。
その意味でこの二つは同一だと思う。 
 
だから「他者を許す」なんてことは世の中で言われてる程、特別美しいことでもなんでもなくて、そうすれば生きやすくなるという手段でしかない。
 
そして「憎む」ことも、世の中で言われてる程、悪いことじゃない。
その意味で、「許す」ことも「憎む」ことも、生きやすくする手段のひとつだ。
 
「憎んでしまう」「憎んでも憎みきれない」「恨んでしまう」人は、本当は他人のせいになんてしてなくて、むしろ自分自身を責め過ぎている場合が多いんじゃないかと思う。
 
 
だから、もう自分を許して欲しいと思う。
他者を許すなんて、その次でいいから。
 
 
まず自分自身を許すために、他者を許したくなれば許せばいいし、憎みたければ憎みきったらいい。
「憎みきる」と言うのは、「許せない自分はダメなんじゃないか」なんて思わず、「どうしたって無理」と総括することである。口に出して何万回、何億回でも言ってみる。
もちろん許したり、憎んだりの二転三転やグラデーションの幅はあるけれど。
 
憎みきってしまえば、そして時間が経てば自分の中で消化されていく。
いつか「許せる」時が訪れたら許してもいいし、許さなくてもなんの問題も無い。
 
 
人が弱さを抱えつつも負の連鎖を断ち切り、立ち上がろうとする姿こそが本当に美しく、後に続く同じ思いを抱えた人は何よりも励まされ、救われるはず。
 
他者を「許す」ことも「憎む」ことも、自分自身の浄化である。
 
「自分を許そう」ということは、気休めなんかではなく、むしろ大変に難しいことだと思う。
でも、本当の「救い」とは「自分自身を許す」こと以外に無いのだ。
 
 
 

母の狂気

唐突だけど、わたしの小中学生の頃のコンプレックスは
1.長女である
2.くせ毛
3.母親が変(ヘン)
ということだった。
 
今となっては自他ともに認める「病的なシスコン」の私。
だが、片田舎で過ごす小中学校時代は「あいつのバックには○○さんがついてるぜ」的な不良版スネ夫、マイルドヤンキーど真ん中の会話が日常茶飯事のコミュニティに居り、著名な先パイどころか有力な姉、兄が居ないというのは、生まれながらにしての権力差、損をしたような気分だった。
 
友人の垢抜けたヤンキーのお姉さんを見る度、「あたしもあんなカッコイイおねいさんが居たらなぁぁぁ!」と思ったものである。
 
しかしそんなチーマーのはしくれ的悩み、長年のコンプレックスであった頑固で残念なくせ毛問題よりなにより、母親の破壊力は偉大だった。
 
 
うちは三姉妹だったので、男の子が欲しいばかりに、里親制度でもらって来たオス猫に「ペニ」と名付ける。
妹が大事にしているクマのぬいぐるみに「ポコ」と名付ける。
 
クリスマスのプレゼントが置いてあるのはなぜか毎年26日の朝、しかも包みには「サンタクロースママより」という謎の痕跡、生後一年にしてサンタの正体を知らされる。

毎夕食の「いただきます」、入学式や卒業式の写真撮影を、日をまたいで2回ずつやり直しさせられる。

芸歴も犯罪歴も無いはずなのにいくつかの名前を繰り出し、知らない名前宛のダイレクトメールが郵便受けによく入っていた。
ちなみに、母親の年齢を未だに知らされていない。
 
その他書けないこと諸々。

 
日本美人のおっとりアニメ声なので、何も知らない他所の家からは「本当に穏やかなお母さんね」とたびたび言われたが、その実、どんなヤンキーも黙る天下無敵の絶対君主ハハジョンイルであった。
 
父親と別居後はさらにドライブがかかり、娘は誰も呼んでないのに自分のことを「ママ」と呼ぶ、この世間知らずでお嬢上がりのメルヘンサイキッカーの母親が次何を言い出すかと、娘たちは日々戦々恐々であった。
 
.............................
 
そんな母が、ある日を境に踊り狂うようになった。
 
突然の物音に驚いて、自室の2階から台所に降りると、母親がラジカセでプリンスをかけ、シャウトしていた。
 
包丁やおたまを持ったまま腰をひねりまくり、洗濯物を振り回して踊り、もちろん娘が電話していても容赦無くボリュームをあげて踊る。
 
わたしの友人を同乗させた車の中でも、頭をガックンガックン前後に振りながら運転し、友だちの顔を申し訳なくのぞくと、やはり青ざめていた。
 
「ママ、音楽に反応しちゃって止まらないのよねぇ。」
そう言って来る日も来る日も踊り続けていた。
 
友人が居る場や運動会でも踊り狂う母を、妹たちは泣いて嫌がったのに対し、姉の私は、日々の自分の素行の悪さに後ろめたさを感じて、無抵抗に受け入れることでそのバーターを画策した卑怯者であった。
 
「ママが楽しいと思えることなんてこれだけなのよ」と言いながら、踊り狂う母の姿を目の端で捉えながら「シュールだなぁ…」と食卓に並んだ夕食にもそもそと箸をすすめた。
 
 
中学2年生のある日の夕方、当時親に内緒で付き合っていた髪がオレンジ色の同学年の彼と、遊ぶところもなく、近所のショッピングセンターをぶらついていた。
 
飲み物か何かを買いに売り場をうろついていたら、Jポップのインストを死ねるほどチープにした有線にノッて踊る人の姿があった。
 
一瞬で母親だと確信し、来た道を一目散に逆走するわたしを不思議に思って、わたしの名前を呼ぶ彼。
呼ぶんじゃねぇと睨みつけるも、時すでに遅し。
 
後ろから母親の怒声が聞こえる。
 
「あんた目立つんだから、悪いこと出来ないんだからね!」
 
先に発見したのはわたしである・・・。
 
 
それから半年、家庭内でたくさんのゴタゴタがあり、母親は狂気を使い果したかのように消耗していった。
いつしか「帰ったら母親が踊り狂う」ことは無くなった。
 
その後愛媛から名古屋に移り住み、子は親元を離れ、母はいつのまにか「他所の家から見たまんま」の本当に穏やかな母親になっていった。
 
自分の歳を気にしたり、よく昔の話をするようになった。
毎年ひと回りずつ小さくなったように感じる母の姿に、ハハジョンイルの面影はもう微塵も無くなっていた。
 
.............................
 
先日、中学時代の塾の先生とわたしたち三姉妹で14年ぶりの再会を祝して居酒屋で飲んでいた。
 
昔話にひとしきり花を咲かせた後、妹たちがさみしそうな顔で言った。
 
「お母さん、踊らなくなったじゃん。踊ってた時は本当に嫌で泣いてたんだけど、今になって思うと、何で嫌がったんだろう、もっと自由に踊ってって言えたらよかったって最近思うんだよね。」
 
「うん、今なら思いきり踊ってって思うよ。」
 
「いやじゅうぶん自由に踊ってたから大丈夫」と言いそうになったけれど、妹たちの言葉にはそれ以上の思いがあるんだと理解した。
 
 
その夜母親から電話がかかってきた。用件が終わり、電話を切ろうとする時、今日のことを話そうか、と一瞬考えた。
「お母さんってさ、」
「なぁ〜に?」
 
最近、踊ってるの?と聞こうとしたけど、思いが先行するあまり恥ずかしく緊張して、適当に話題を変えて、電話を切った。
 
 
昔、わたしが友人関係で悩んでると、母は決まってこう言った。
 
「ママは友だちがひとりも居たことがないから、誰にも相談したことないし、ずーっとそうやってきたのよ。そんなくだらないことで悩んだことない。」

 
母が「母」になった時には、彼女の中ですでに大きな傷があって、わたしたちにはどうすることもできなかった。

その傷をなぞるように生きる母を、わたしたちは見ていた。

波乱万丈の母の半生。
患った病、叶わなかった夢。思うようにいかなかった結婚生活。娘三人をひとりで育てるプレッシャー。
 
 
飼い猫に変な名前をつけるのも、狂ったように踊りまくるのも、全部母親の「狂気の発露」だったんだ。
 
もちろん「満たされない思いを、踊り狂うことで発散させていた」だけではない。そんなちんけな話じゃないよね、母が踊り狂う時のあの光悦の表情を忘れない。

 
複雑な思いがからみあい派生し、その追求は苦しくも甘美。
「狂気」とはきっとそういうものだ。

 
 
最近よく思う。

自分の中に狂気を持っていること、それはとても強く美しいことなのだと。


平凡とか非凡とかの話ではない。
変えようとしても変えられない。
誰もが内側に秘めている、「その人たらしめている理由」。


そして「自分という狂気に耐える」「自分ひとりでその狂気と向き合う、追求する」その苦しさと難しさを思う。

 
わたしなんか、没頭する趣味の合間にも写真をSNSにアップすることを考えてしまう。

美味しそうな温かい料理を目の前にして、我先にとSNSに投稿するための撮影会を始める。
 
盛り上がる会の途中で、なぜか突如として集合写真を撮りアップロード、反応を気にして画面に見入る。
 
大切な人を目の前にしても、何か起こるはずのない携帯を気にしてしまう。

喜びや悲しみ、寂しさ、懐かしさという思念を、自分ひとりで抱きしめることが出来ない。


ひとりで抱きしめるどころか、それをエサにひとの共感や承認を集めようとしている。

 
そんな「ねぇねぇ聞いてよ!」という行為が、ありふれた日常になった今。

 
自分ひとりで、人生という、自分という「狂気」と向き合い、発露し、耐えようとすることは決して容易でないことを知る。
 

母親の狂気は、誰にも理解されないけれど、とても尊く美しいものだと、娘は思っているよ。
 

何をやってもいいから、あの頃のように自分の狂気を救いあげて、自信満々に突き進んで欲しい。
どうか、自分にため息をつかないで。
 
そんな今更の娘のワガママを、伝えない方がいいのかもしれない、と思って今日の電話でも何も言えなかった。
 
 

迷えるアラサーと自己肯定感。

年々体力の衰えって感じるじゃないですか。「まだ27歳じゃん」って言われるけど、人によって多かれ少なかれキツくなってく時期。
 
働き出してからは整体の頻度が週3~4回に増え、「とにかく仕事をセーブしろ」、「早く結婚したほうがいい」と警告の嵐。
 
コンビニの栄養ドリンク全てを制覇し、繁忙期にはデスクにユンケルの瓶が戦場の死体のごとく転がっている生活。
 
「働いてるわたし、自立しているわたし」に自負はあったけれど、「ずっとこうやって仕事していくの無理…。結婚したらラクになるんだろうか…。そもそも結婚出来るのか。。」という不安にかられたかと思えば、
「いやもっと仕事しないと、何かを作り出さないと、人生なんも面白くない。」という身の丈(というか体力)に合わない承認欲求と上昇志向。
 
そんな不安と自意識にがんじがらめになっていた。
 
「結婚とかまだ。でも。仕事も毎日も楽しいし」とか言うと、「いやみんなそう言って最後焦るんだよ。そういうのがいけない。」と周囲にツッコまれ、それがいつしか自分ツッコミに代わり、意識に刷り込まれていく。
 
「もちろん人それぞれ楽しければいいけど(でも、そう言って後悔する人たくさん見て来たけどね。早く手を打つに超したことないぞ。)」という、「大多数の正解」の川は、わたしの足元まで静かに流れていて、いつの間にか地面はぬかるんでいた。
 
よく『「キャリアも家庭もどっちも欲しい」から「どちらか諦めないと」と思うのはもったいない、どちらも手に入れよう』という話があるけれど、そもそも私の場合は「自分が何が欲しいかわからない、でもこの承認欲求を満たしたい。目の前にあって、一番確からしいのが仕事。でもなんか自分は間違えている気がする。」となっていたんだ。
 
今思えば、自己肯定感の低さから体力に合わない無茶苦茶な働き方をして、周りのアドバイスや経験談に足元がぐらつき、消耗し、こんがらがっていたように思う。
自縄自縛していたんだなあ。
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そんな折に、ブログを読んでくれた方が
「にゃんちきったーさんが素敵すぎて、バリキャリになりたい。」
とつぶやいてくれていたのを知った。
 なんて嬉しいことだろう。
 
その一方で「そういう風に思ってくれる子たちに、「めっちゃ楽しいよ!一緒にやってこうよ」と言えるのかな、自分の生き方。」と思った。
だって当のわたしが楽しくも、苦しいと思っている。
 
それから「何でわたしは苦しいんだろう」「何を大切にすべきなのか」を考えた。
その答えがわかり始めた瞬間から、少しずつ縄がほどけていく気がした。
 
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自分なりに出した答えは、
 
「ありたい自分を自信を持って描くこと」
「(挫折したとしても)なんでも選んでいけるのだ」という自己肯定感、それがすべての出発点だということだった。
 
わたしに欠けていたもの、必要だったものは仕事や社会的評価でもなく旦那でも子どもでもなかった。
 
自己肯定感がないばかりに、染みついた思考と狭い視野でものごとを考え、自分で自分を息苦しくさせていた。
今の自分に、自分でOKを出せなかった。
 
ほかの誰かの人生に乗っかることで、自分の人生にOKが出せる気になったり、逆にほかの誰かの人生が乗っかることで、自分の将来が窮屈になることを恐れていた。
 
そのからくりが腹落ちすると、ラクになった。
 
今一度、自分にハメていたフレームをはずして、自分と周りが縛った縄をほどいて、子どもの頃のような気持ち、そのふかふかした部分を自分の指で押してみたくなった。

 
そして体力や知力、環境など、「自分の資本」を受け入れながら、やっていこうと。それを「受け入れる作業」が「自己肯定する」ことだと。
 
 
今も、もちろん不安がないわけじゃないけれど、自分が日々考えているテーマを、世の中に問いかけてみたいと思う。
その延長線上で仕事も結婚も子育ても介護もやってみたいと思う。
 
「全部をやれるスーパーウーマンになんてなれない」とよく言うけれど、すぐそう思うのが日本人的クソ真面目思考なのだと思う。適当でいいんだ。
大事なのはマインドとスタンス、仕組みやスキルはあとから身につければいい。
 
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わたしがなんだかんだ言ってもイマイチ説得力に欠けると思うので、上記のことを考えるにあたって参考になった本をご紹介。
 
一見キャリア系キラキラOL本的に感じるのだけど、「自分がとらわれているものはなんなのか」を意識しながら読むと、とても良い参考書になった。
 
ただ思うのは、「キャリアも家庭も手に入れて輝く」のは素敵だけれども、「輝く」ことが出来る(輝いていると思える)のは元々自己肯定感の高い人、もしくはどっちも手に入れた後に自己肯定感が高まった人である。
 
結局何をやっても、自己肯定感が低いままだと不安や不満を募らせる。
自分の中の何がそうさせてるのか、ちゃんと認識しなきゃずっと辛いままだと思う。
 
その意味で「自分の今の状態を認識するために」、読んでよかったなぁと思う。

女の人が20代、30代で養うべきは、視野の狭くなったメガネをいったんはずして視野をひろげる、自分にくくりつけた縄をほどく、自分に自分でOKをだすという、「広い視野と自己肯定感の養成」だと思う。それが後輩や子どもに伝わるから。

 

自分を知り、生きやすくし、それを後輩や子どもに伝えていく。

そんな生き方がしたいと思う。

 

 

 

「愛されていない自分」の正体は自分の被害者意識

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人間関係のたいがいの問題は、自分自身の被害者意識から起こる。

 

「愛されてない」

「必要とされていない。」

「大切にされていない。」

「わかってもらえない。」


「そうじゃない、と言って欲しい。」

と感じること。

 

不安のままにぶつけた不信感や猜疑心、

自己肯定感の低さを相手に埋めてもらうことを目的とした、感情表現の要求。

確かめたくて怒らせたり、困らせたり、それでも許して欲しいと願ったり。

自己肯定の低さから派生した依頼心が、「本当は愛してくれていた」「必要としてくれていた」人を傷つける。

そしてその結果、取り返しのつかないことになる。

 

失ってから気付く。

相手の心に、確かに在ったはずの自分。

相手が向けていてくれたまなざしに。

 

「愛されてない自分」「思われていない自分」は、たいがいが実態のない、自分が作り出したおばけである。

そのおばけを怖がって騒いでるのは自分だけで、ほかの人には見えないのだ。

 

「だけど、不安になってしまうの。」

 

その原因は、相手にそう思わせる問題があるからでも、自分自身にトラウマがあるからでもない。それはそもそもの原因じゃない。

 

ただ相手が「自分のことを思っている」。

それを確かめるのを目的に、手段として不安になっているだけなのだ。

 

「そうじゃないよ、こんなにも思っているよ」

 

自分はないがしろにされているんじゃないか、もっと安心させて欲しい、という被害者意識から、

確かめる言葉を引き出したいと願い、その目的ためにわざわざ「不安なわたし」の状態になっているのだ。

 

人は目的のためなら手段を選ばない。

要はアドラーの目的論ですが。

http://ipedia.org/wiki/アドラー心理学

 

「思われていない自分」というおばけの正体は、自分の被害者意識だったんだ。

  

自分の被害者意識を癒すためなら、大切な人だって困らせることの出来る貪欲さ、いやしさ、そしてたくましさよ。



もちろん、自分の中のおばけに振り回されることもあるだろう。


だけど出来るだけ、思ってくれているかもしれない人に、笑顔を向けよう。

相手の言葉をかみしめて、満たされよう。


失ってからじゃもう遅いから。