アラサーOL悲喜こもごも。

アラサーというかどんサー(30歳)OL。独身モラトリアムを謳歌するアラサーOLの日記です。

わたしを生きやすくする方法

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大事なことなので初めにいいます。

連休明けに出社して心が鬱になったのではありません。

 

ここ数年「人はどうやったら生きやすくなるのだろう」と考えていました。

というより、私はどんな考え方、気の持ち方をすれば、今よりも少しラクに、心地よく生きていけるのだろうと自分のことを考えていました。


 

「どうしたら生きやすくなるか」の答えというわけじゃないのですが、今少しだけ見えているのは、

「ひとつの事実、現象に対して光の当て方を変える」ということ。

 光の当て方とは「ものごとの見方、解釈」のこと。

 

例えばウソをつかれた時に、「ウソをつくなんて最低」とか「なんでうそをつくの?やめて!」というのは簡単だけど、それで本人はウソをつくのをやめられるのかと。

ウソをつかせた根っこのようなものと、本人はどう付き合っていけばいいんだろう。

  

ありのままの事実、表層的なことを問いかけてもナンセンスで、人間の構造(脳内麻薬などの生物としての本能やその人の背景)まで深掘ってみて、

自分がこんな自分である理由、その人をその人たらしめてるものはなんだろと考えてみる。


そこで、わたしたちは初めて自分自身や他人をほんの少しだけ知ることが出来る。

知らない自分自身に出会い、他人とは、はじめて本当に出会った気持ちになる。

ほんのすこし知ることが出来れば、ほんのすこし理解することが出来る。

ほんのすこし理解できたら、ゆるすことは出来なくても、諦められるかもしれない。

諦められたら、赦せるかもしれない。

諦めることと、ゆるすこととは違うけど、そのふたつはどこか似ていて、

わたしたちはそれによって自分自身が少しらくになることを知っている。

 

あるいは自分にない経験値を持つ人の視点に立って捉えたり、生物学、科学などの学問や宗教や文化、あらゆる性別世代の視点など、様々な角度から見て光の当て方を変えれば、今まで見えなかったものが見えて、新しい拠り所を見つける。

 

ひとつの事実も、光の当て方を変えればまた違うものに見える。

ある場所は必ず闇となり、それ以外は光が反射してわたしを照らしてくれる。