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アラサーOL悲喜こもごも。

アラサーというかどんサー(30歳)OL。独身モラトリアムを謳歌するアラサーOLの日記です。

出会いは、数。

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お盆真っ只中にこんな記事を書いて、ミス・タイムリーというか、「こいつやっぱり恋愛のことしか考えていないんだな」とぱーぷりんOL呼ばわりされても甘んじて受け入れたいと思う。


お盆に帰る実家も所帯もない、独身27歳OLのわたし自身とパートナーを求める方に向けて「出会いは、数」ということについて、(頼まれもしないのに)書きたいと思う。

 

唐突なんですが、彼氏なし女性の方に、肉食系草食系にかかわらず、ぜひ読んでいただきたい記事があって。

作家・コラムニストのアルテイシアさんが『AM』の下記の記事なんですが、「オクテ男女におくる、出会いを恋に発展させるには5つのS<誘う、育てる、触る、さらけ出す、悟る>が必要です」、という内容なんだけど。


特に5番目のS<悟る>に首がちぎれるほど頷いたんだ。

オクテ女子必見!出会いを恋に発展させる<5つのS>|AM「アム」

【以下転載】

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アル:で、最後のSは<悟る>

女友達が「婚活強化月間にしよう」と決めて、新規の男と何十人も会ったんです。その結果「話していて不快じゃない男は貴重だ」と悟ったらしい。

 それで彼女はリストの掘り起こしをして、昔の男友達を飲みに誘って、「意外と掘り出しモノかも?」と気づいたらしい。
「昔は恋愛対象じゃないと決めつけていたけど、いっぱい男に出会って視点が変わったんだと思う」と話していました。 

AM: 数会わないと、悟れないかもしれませんね。「いつか理想の完璧な王子様が…」と夢見ちゃうかも。 

アル: 「王子様なんかいねえ!」と悟るためにも、出会い祭りしてみるといいですよね。

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何にそんなに共感したかって、「出会いは数だなぁ」とわたしも常々考えていたことに加え、「話していて不快じゃない男は貴重」。

 この表現ですよね。

 

具体的にどういうことを「不快」と感じるかは人それぞれだが、わたしはだいたいがこの3つ+αなんではないかと思ってる。

1.とにかく「すご~っい」って言ってほしい俺様わっしょい!自慢祭り

(「神輿は軽い方がいいもんね♬」ってべつに神輿担ぐために来たんじゃねぇ!!)

 

2.「そんなことないよ」って言ってほしい地獄の自虐フェスティバル

(自虐が言えるのは才能のひとつだと思っていてわたしはそういう人好きなんですが、やりすぎはウザいよね。特に初対面の自虐は本人が思ってる以上にイメージを残すから要注意!→わたしはよくやってしまいます)

 

3.言葉尻だけをとらえた意味不明かつ超自己満足な説教、オラオラ感を出してくる

(えっここはビールの飲める寺子屋なの?)

 

あと、その場な居ない女性の容姿を悪く言ったり、ババア呼ばわりしようものなら、「例え付き合ったとしても、わたしが歳取ったら同じ扱いして若い子にヤニ下がるんだろうな」と考えざるを得ない。

それで心からニコニコ聞いてたら、女がよほど想像力がないか、当事者意識に欠けるか、ニブいか非道か、話聞いてないか、その全部だと思うわ。

 

 別にこちらとて「会話をリードしてほしい」とか「面白い話をして欲しい!」なんて望んでない。

逆に、女性はいきなりそこまで求めちゃいかんですよ。

相手だって「どうしよう、つまらないって思ってるかな、何話そう」ってドギマギしてくれてたりするし。

 

最初からすごい会話が弾むなんて、よほどどちらかが話術に長けているか、お互いに対してモチベーションが高いか、共通の趣味があるかのうちのどれかだろう(だからオフ会はコンバージョン高いのだろうけど)。

 

出会い頭、素人相手にそこまで要求する女には、焼鳥屋で永遠につくね(しかもタレ)だけ食わせるという必殺つくね地獄でもお見舞いしておけばいい。


実際たまにそういうこと言う女の人居るけど、同性のわたしでさえ「だったらあんたが彼を一度でも笑わせたの?」って昼ドラの女刑事ばりに聞くよね(そしてメニューにつくねを探す…)


ほんとに、それで関係を作らず「切っちゃう」のはもったいない。良い人ほど後からにじみ出てくるものあるし。

 

私自身以前、ちょっと入用であらゆる婚活サービスに一通り登録した時期がある。必要があって海外のサービス含めて登録した。

仕事で婚活サービスに従事している人にも何人か話を聞きに行った。 (ちなみにアメリカはインターネットによる婚活サービス先進国で、「結婚に至った出会い」の上位から2番目が「ネットのマッチングサービス」らしい)

 

アメリカはアイダホ州のTOMからいいね、されたこともあった。

 

「あれ、ポテトの綴りってpotetoだっけpotatoだっけ・・・」(別画面で検索を始める)

 

英語が出来ない私は【以上終了】した。 

 

あぁぁ国際結婚がぁ・・・

 

もちろんいい出会いがあったらいいなと思って、メッセージ交換をしてみたし、実際に会ってみた(トムは諦めて国内で)。

 婚活パーティーに行くまでは至らなかったものの、当時ちょっとしたイベントなんかで出会いの数自体は多かったから、新規で会う男性が10人~20人/月ではあるが居た。

 

それによって何が起こったか。

 

自分の、男性に対する見方がどんどん変化していった。

 

数人とメッセージしていくと、物言いがやけに上から目線だったりして、「この人とはなんか合いそうにないな」という勘も冴えて来るもので、実際に会うに至って「この人無理・・・!」と思ったことはなかったように思うけど(酒飲むと割と頑張れるし)、

それでもやっぱり「この人とはひきつらず、無理せず話が出来るなぁ話聞いてもらえるなぁあと思える人ってすごい貴重だなありがたいなぁ、と思うようになった自分が居た。

 

わたしは自分の難儀な性格を自覚するにつれて、昔から年収とか肩書きとか、「条件」の優先順位は低くなっていったのだけど、それらいわゆる「スペック」と呼ばれるものの優先度が高い人も、たくさんの出会いを重ねる中で研ぎ澄まされるものはあると思う。

 

「そのスペックがあるが故に許せる」「この条件を満たしてるが故に笑って話が聞ける」、自分が許容出来る条件面・性格面の塩梅がわかる。


(例えばわたしは商社広告マン嫌いで、彼らお決まりの丁稚奉公話とか所詮安全圏内でチャラぶってるちんちくりんな話を聞くと、あらゆるダイニングバーのあらゆるダイニングテーブルをひっくり返しそうになるけど、商社マン大好きの後輩はどんな話でもスゴイスゴイと聞けるらしい。それすごい特技だねと言うと「てか、なんでそれくらいガマンして聞けないんですか?」って言われた(毒舌)。わたしからすると才能である)

 

もちろんある程度数が揃ってくると傾向がつかめたりするものの、それでもやっぱり人と人は出会ってみなくちゃわからない。(例え商社マンだとしても) 

 

例え好みの人じゃなくても、人間の幅を広げるつもりで目の前の人に敬意を持っていろいろ教わったり、一緒の時間を楽しめるようになったら、人間的にだいぶ成長だし、実際収穫も多いと思う。


とはいうものの、わたし自身振り返ってみても、実際きれいごと抜きにして、最初からみんながみんなそんな風に思えるものでもないんだよね。

 

だからこそ多くの人に出会ってみて、

「どんな人なら自分と合うのか(相手を受け入れられるか、自分を受け入れてくれるのか)」

「どんな人だとムリ(ダイニングテーブルをひっくり返すのか)」なのかを知る必要がある。

知っていくと人の見方が変わる。

「自分にとってハズせないものは何か」がわかってくるようになる。

 

自分という人間が誰にでもウケる、万能な人間じゃないことを知ると、自分を受け入れてくれる人への感謝の念が生じる。

自分が誰の話を聞いても笑えるわけじゃない難儀な性質と知ると、笑わせてくれる相手に対して、特別な感情を抱く。

 

もし「時間を無駄にした!」と思ってしまうことがあったとしても、その先にステキな出会いがあった瞬間、「あの時、新しい出会いに対してクサらないでよかったなぁ」と必ず思えるし、出会えた時は「感動」レベルも上がって、結果相手をさらに大事に思えるようになってる。


その過程は決してラクなものじゃないけど、「素敵なパートナーが欲しいな」と心から望むのであれば、 まず「数」出会うことである。

 

失恋した後は、「あの人じゃなきゃ意味がない」「新しい出会いとか億劫」と思うかもしれないけど、そんな時こそすこし休んだらとにかく出会いに行けと食べ放題で息子に元を取るまで食わせまくるおかんさながらにそのケツを叩きたい。

「もうちょっとこの失恋について考えたい」「学んでからじゃないと」って思うかもしれないけど、ひとりで考えてたって気付かないし学べるわけないのである。

 

色んな人と出会う中で、「あぁこういうことだったんだ」って気付くものなのだ。

 

新しい恋を始めるのも、愛を見つけるのも、失恋から立ち直るも、とにかく、出会って出会って出会いまくること。

 

一番よくないのは、目の前のわずかな選択肢をつまんであげつらってうじうじしていること。

出会いを重ねても、そこから何も気づこうとせず、学び取ろうとしないこと。 


そんなのでオンナ(もしくはオトコ)が上がるわけ、無いのである。

 

最初から完璧な人間なんて居らず、人との「出会い」によって人間は磨かれていく。

最初から完璧な出会いなんてなく、相手との共同作業で「出会い」をものにしていく。

 

そしてそんなスタンス・能力は、やっぱり人との「出会い」によって養われていくんじゃないかと思う。

 

で、「出会うことが大事」と言うと、「運命の人に出会えるまで頑張ります!」と言う人が居るんだが、そうじゃねぇぇぇ!!!!(思わず立ち上がる)


どんな人にとっても誰にとっても、「運命の人」なんて居るわけない。


それは絶世の美女だろうがお金持ちだろうがイケメンであろうが性格が仏であろうが、平等である。


「ただの他人」でしかない人間に、運命やら永遠やら、過度な期待と理想を抱くから不幸が生まれるのである。


パートナーシップとはお互いの「出会い×育成×許容」である。


出会って、お互い育て合って、許し合って関係性を作っていく、ダメだと思ったらまた次に行く、それしかない。


「いくつか婚活パーティー参加してみたけど、出会い無かったんですけど」というなら、自分の「出会いの勝ちパターン」を研究するか生簀(いけす、カテゴリや出会う人種)を変えるか、見た目を磨くか、手厳しい女友達に「何が悪いのか」を聞いてそれを変えるか、カバーするしかない。

0に何をかけてもゼロなのは、何にしても一緒であるよ。

こんなことを書いてるわたし自身も、営業だから初対面は平気だし、マンツーマンは得意でも、合コンやパーティーは不得手というかハッキリ言うと「来ない方がいいんじゃないか」と言われるタイプである。

過去一回だけ参加した合コンで、女友達に「この二年間毎月合コン行ってるけど、お前みたいに向いてないやつ初めて見た」って言われたことがあり〼。


そういったことに気付くためにも、出会いは最初から「質」ではなく、まず「数」なのだ。

 

 

お前が言うなって、思うかもしれないけどさ(グサッ)

 

でもでも、ホントのことである。