アラサーOL悲喜こもごも。

アラサーというかどんサー(30歳)OL。独身モラトリアムを謳歌するアラサーOLの日記です。

「小さなOK」を出し合って、人は生きてる。

友達に勧められて、遅ればせながら漫画『サプリ』を読んだ。

よくある恋愛ご無沙汰OLが、部屋着で干物食べながらたまにやる気スイッチ押すとハイパー労働者モード入る系のやつか(色々混ざっている)…と半信半疑で読み始めた。

ぅぅぅっ・・・っこれはビジネス経典である(目頭を押さえながら)・・・。

 

話のあらすじを言っちゃうと。

①深夜残業当たり前・休日出勤おかわり状態広告代理店勤務の27歳女性が、仕事が激忙しくて学生時代から付き合ってる彼と別れる(身に覚えあり)。

②別れて間もなく、元彼が他の女性と結婚(身に覚えa(ry)⇒失恋後、不倫中の同期のイケメンやさ男が異動してきて再会し、お互いの傷を癒しあうのも束の間、恋愛に不器用過ぎる主人公は結論うまくいかず。

③そのあと振り回すコワモテ系の男(職業カメラマン、)に惹かれたんだけど・・・(普通コレで婚期遅れる)

④どっこい!関係は成就+継続し、なんと子どもが出来ました。

⑤しかし主人公は子どもが出来たことを言えないまま、カメラマンの男は自意識炸裂し自分探しに海外に行っちゃうんだけど・・・(カメラマンだからなんとかテイをなしてる)

⑥数年後再会。母は強し!持つべきものは己の経済力!さすが電通社員!(電○とは言ってないけど)

子どもは産みましたけど、お前これから一緒に生きていく覚悟はあるか、と彼にビンタ!

・・・そんな話なんだけど(サマリが雑ですみません)、わたしがことごとく刺さったのは、上記の主人公の恋愛云々というよりも、主人公と先輩社員のやりとりである。

 

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「仕事は女を救わない」とはよく言われるけど、半分その通りだと思うし、半分そうじゃないのかもと思う。

と言うのも、わたしは今仕事をしている会社に、人間として育てられた感がある。会社は第ニの親だ。そう書くと社蓄感みなぎっているけどホントにそうなのだ

 

わたしは新卒で入社した今の会社に、2度目の就職活動で内定をもらった。

1度目の就職活動では最終面接で落ちた。落ちた理由を、自分なりに理由を分析すると一言で言うと「自信が無く、危うかったから」だと思う。

その頃の私はとにかく自信が無くて、自信がないくせに完璧主義でプライドが高かったから、相手によって自分の出し方を変えてしまう「わかりにくい子」「危うさのある子」だったのではないかと思う。

 結果、就活留年させてもらったわたしがやったことは、社会と自分自身に「慣れる」ことだった。

慣れない存在である大人に対して自分自身を言語化し、その中で自己理解を深め、不要な自責や背伸びを止めようとしていった。

そんなこんなで述べ100人強の大人の方にお時間を頂き、話をする中で、自己開示や自己受容を少しずつではあるがうっすら体得していき、結果二度目の就活で希望の会社に入社することが出来た。

たくさんの人のおかげで、その一年で若干の成長を遂げたものの、もちろんそう簡単に人間が変われるはずもなく、入社当初は全く自信が無く、自分の言葉で話せなかった。人の表情を見ることだけに長け、自分はと言うと臆病なポーカフェイスで「何考えてるかわからない」ともよく言われた。


だけどその一方で、どうしようもなく真面目だったので、仕事では目の前の仕事を精一杯こなし、お客さんに応え続けた。


業務内外、苦手な営業も宴会芸もとにかくコミットすることで、お客さんや上司に「おまえは(泥臭いけど)いいなぁ。」と言ってもらえた。

初めて他人から貰った「いいなぁ。」のつぶやきに、わたしは思いの外励まされた。徐々に自分を受け入れられ、自然と自分を出せるようになった。


すると徐々に自分の引き出しが増えていった。辛いことも苦しいことも、「人間の幅をつくるための経験だ」と思えるようになった。生きるのか年々楽になっていった。


就活面接でオドオドしていた女子大生は、いつの間にか聞かれてもいないのにインターネッツ上で持論を主張するアラサーになっていた(良いやら悪いやら)。

 

そんな風に仕事を始めて6年目になった今振り返ってみると、「若いうちにたくさんの成功体験を積むこと」の大事さを痛感する。

若いうちからたくさんの打席に立つ×「小さな成功体験」を積むことで、自分の引き出しを増やしていく。引き出しの数と幅がそのまま自信になる。

そのために自分を受け入れ、小さな「OK」をくれる人たちに出会うこと。

そんな環境に身をおくこと。特に自己肯定感が低くなりがちで、内省傾向の強い女性には、とても大事なことだと思う。

 

とは言うものの、年次が上がれば周囲からの期待値や越えなければならないハードルは当然上がり、「自分の能力で、ここで働き続けることは難しいな」とか「後輩の方が全然優秀じゃん・・・」とかしょっちゅう卑屈になっては落ち込んでいる。そんな自分自身こそが、限界作っているんだなともよく思う。完璧主義のくせして承認欲求の高い性質はなかなか治らない。 

でもその度に前を向くのは、「わたしなんか・・・」の先には何もなく、誰も救わないし、救われないんだということを知ったからだ。それは恋愛も仕事も一緒である。

強く想い、がむしゃらにでも頑張ったその先には、必ず何かがあったし、それはそのまま自分の肥やしとなっている。そして時にはひとからそれを褒められたりもした。

そしてその肥やしで、後輩だったり、「この人の背中を押してあげたい」そう思う人が居たら、自分の経験と感性を総動員して「OK」を出して受け容れる。

 それは仕事に限らず、友人関係でも恋愛でも、家族でも。

そうやって、巡りめぐって、「小さなOK」を出しあって、人は生きてるのかもしれない。

 

【ご参考】

特に女性のキャリア形成、自己肯定感の持ち方という観点で、すごく参考になる、岡島悦子さんの記事です。

careerhack.en-japan.com

 

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