アラサーOL クソ日誌。

~タイトルを付け間違えました~

読書感想『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』

作家・アルテイシアさんの著書『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』の読後感想を書きたいと思う。 

 

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はじめにこの本は、アルテイシアさんの連載コラム「59番目のマリアージュ」「アルテイシアの59番目の結婚生活」が加筆修正されたものだ。 

出来ることなら1万冊ほど購入して、『すこやかアラサー&アラフォー文庫』重要参考図書として、全国津々浦々で配ってまわりたいほどお勧めである。

 

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「転ばぬ先の杖」的 参考文献だと思う。

特に下記に思い当たる人は、読んだら少しラクになるんじゃないだろうか。

 

 ・短命な恋愛を繰り返し、血反吐を吐いている人

・周囲から結婚について「高望みするな、妥協するべき」などと急かされ、「心から好きだと思える人と結婚したいと思う自分がいけないのか」と悩んでいる人

・だめんずと付き合う(付き合っていた)自分を責めてしまい、苦しい人

・「結婚生活ってそんなに良いものなの?」と感じている人(それでもなんとなくパートナーは欲しい人)

・「いつまでも親を恨むのは幼稚だ」「親子は分かり合える」と言うような、巷に溢れる『毒親ポルノ』に傷ついている人

・男尊女卑社会にひそかに怒っている、傷ついている人

・なんとなく生きづらさを感じ、生きやすくなりたいと思っている人 

 

本書のタイトルを一見すると「夫婦生活についてのノウハウ本かな?」と見紛うかもしれない。

 しかし実際は、「恋愛と親子関係で血ヘドを吐き尽くした独身時代」「40歳で迎えた子宮摘出手術」「セックスレス」「長年音信不通であった両親の突然死」「毒親ポルノや男尊女卑社会への怒りや撃退法」「女の友情」「父親が残した借金の話」…と『婦人公論』並に、女の人生てんこ盛りの内容だ。

ちなみにこの内容に、さらに鈴木宗男氏との夢小説が出てくるカオスさ、想像できるだろうか。 

修羅場なのに笑える不思議

 

この本がすごいのは「毒親の死」など人生の修羅場を描写していながらも、説教臭さや辛気臭さを一切感じさせないことだ。
アルテイシアさん夫婦の卓越したユーモアで、笑えないはずの話が楽しく読めてしまう。

 

特に「夫」さんが繰り出す、マニアックで斜め上からの発言は「さすがオタクの中のオタクや…」と敬意を表さずにはいられない。

 

 

夫さんは、幼い頃に父親が愛人を作って家を出て行き、養育費も払われた事がないという生い立ちだそうだ。

しかし夫さんは不思議なほど暗さを感じさせず、突き抜けている。

 

 「父親に捨てられた的な心の傷はないの?」というアルテイシアさんの問いかけに対し、「全然。キン肉マンなんて豚と間違われて宇宙船から捨てられたんだぞ」とマジレスする夫さん。そんなタフさを、本書の随所で垣間見ることができる。

 

 幼少期から恐竜・昆虫・超常現象・忍者・宇宙人・格闘技などの分野に精通してきた夫さんは、人間や社会への眼差しが非常に独特だ。

そしてアルテイシアさんは、そんな夫さんのユニークさをありのまま愛している。

そんな夫婦の会話だから、本来ノロケに聞こえるはずの話で腹抱えて笑ってしまうのだ。

 

恋愛で自分を責めてしまう人に

 

そして、本書はとにかく優しい。

冒頭で「自分を責めてしまいがちな人、傷ついている人にぜひ読んでもらいたい」と書いたのは、アルテイシアさんの言葉がとにかく救いになるからである。

 

 例えば下記は「17 だめんず沼から脱出するために、心にジョセフを飼おう」という章の一部抜粋である。 

 

「相手を信じて付き合って、結果的に傷つけられる。そのうえ周りから「男を見る目がない」「なんであんな奴に騙されるんだ」と言われて、ますます傷ついて自信を失う女子は多い」
本人が一番「だめんずにハマる自分はダメだ」と自分を責めて苦しんでいる。けれども、だめんずにハマる女子はダメじゃない。そもそも悪い奴は悪い奴に騙されない。騙されるのは彼女らが正直者のいい子だからだ。
そんな女子たちに伝えたい。悪いのはあなたじゃない。悪い男が、女の長所に漬け込むのだ。
ただでさえ、だめんずと付き合うと自尊心を削られて、欠点に目を向けがちになる。そこで「自分の何がダメなんだろう?」とダメを探すんじゃなく、「長所につけこまれているのでは?」と視点を変えてほしい。

 

以前twitterでも呟いたのだけど、心理統計学を専門としている方から「人は短所より長所で失敗する」と聞いたことがある。恋愛に限らず、人は長所で躓きやすいものらしい。

 

 

昨今の恋愛コラムには「それが出来たら苦労しませんわい」と感じるノウハウや、「だからわたしはダメなんですよね…そうですよね…」と、読みながら自分の傷口に粗塩をズリズリ塗り込んでしまうような論調のものも多い。

 

 確かに、それが最大公約数的な正解であり、幸せの近道なのかも知れない。
しかしそのようなコラムを読む時は、ただでさえ心がゲボゲボに傷ついている時だ。「恋愛は片方だけが悪いという話じゃない」とも聞くけれど、そんなこたぁ後回しで良いじゃないか。まずはアルテイシアさんの文章で癒されて欲しい。反省は、元気な時にすれば良いのだ。 

 

親子関係に悩む人に

 

親子関係に悩む人にとって、「23 毒親ハックライフと毒親ポルノ撃退法」の章は、救いになるんじゃないだろうか。

 

 毒親ポルノとは、世の中に蔓延する「親子はいつか必ず分かり合える」的な、毒親に苦しめられた当人を置き去りにするような言説に基づいた作品のことである。

アルテイシアさんはそれらを「毒親の呪いに苦しむ人間にとって、きわめて有害なコンテンツ」であると一蹴する。 

 

本書を読んで省みるに、以前のわたしは毒親ポルノに汚染され、それを撒き散らすひとりだったように思う。

わたしの親もかなり変わった人なので、わたし自身も親子関係には苦労したが、うちの母は特に妹に対しての執着が強かった。妹にとっては紛れもない「毒親」だと思う。 

 

そんな母親と衝突しがちな妹に対して「お母さんは病気なんだから、少し我慢して」と妹に我慢を強いるような発言をした記憶がある。

 当時妹の味方で居なかったことに、今も夢に見るほど後悔している。妹にとっては現実こそ悪夢で、味方のいない地獄のような家庭だったと思う。 

 

数年前、わたしが「親は憎んで良いのだ」と気付けたのは、アルテイシアさんの著書やコラムを通してだった。
それから田房永子さんや二村ヒトシさんの本を読むようになり、妹の苦しみや自分自身の欺瞞や心の穴に気づいた。もっと早く気付いていればと何度も思った。

 

だから毒親に苦しんだ本人でなくとも、ぜひこの本を読んで欲しいと思う。
今後毒親に悩む人と接する機会があれば、適切な距離感で寄り添う事ができるようになると思うから。 

 

「そのまま」を受け入れ合う幸せ

 

アルテイシアさんが、夫さんや気心知れたご友人たちと「そのままの自分」を受け入れ合って楽しく生きている様を見ると、「こうありたい」と強く思わされる。 

 

今の自由で伸びやかなアルテイシアさんからは想像もできないけれど、曰く20代の頃は「バカ恋愛をしすぎて、精神が応仁の乱レベルに荒廃していた」そうだ。

「毒親育ちでメン(タル)が不安定な自分が嫌い」だったそうで、それが理由で当時の恋人に振られたりすると、「こんな自分を変えないと幸せになれない」と自分を責めていたという。

 

 そんなアルテイシアさんに旦那さんは出会った当初、「いろいろ大変なことがあったんだから、不安定になって当然だろう。べつに変わらなくていいんじゃないか」と言ったそうだ。懐の深さが尋常じゃない。 

 

アルテイシアさんはそんな旦那さんのことを「アナルガバ夫」と呼んでおり、男の価値はアナルの大きさで決まると提唱している。アルテイシアさんの「アナル論」は、パートナー選びに非常に参考になるので、まだの方はぜひ読んで貰いたい。 

 

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親は選べないし、過去は変えられない。でも「なぜ自分に生まれてきてしまったのだ」「自分を変えなきゃ」と思いながら生きていくのは辛すぎる。 

 

でも人生はその歩み方次第で、「自分をありのまま受け入れてくれる誰か」が合流してくれることがある。

そのおかげで、「自分が自分でよかった」と心底思えるようになることは、過去の浄化でもあるし、人生で最も大きな喜びのひとつだと思う。 

 

生きやすくなるための座右の書

 

この本を通して、アルテイシアさんの波乱万丈な人生を垣間見ることが出来た。


「わたしの30代後半、40代も色々起こるのかな…。メンタル持つのかな…。」と、この先の人生を少しばかり恐れる気持ちも正直ある。 

 

でもその分、心構えが出来たし、受け止め方のヒントも貰えた。 

 

だけど「ばっちこいや!」とはまだ言えないから、これからもこの本は字引きとして座右の書にしよう。

アルテイシアさんご夫婦のユーモアをお裾分けしてもらって、わたしも加齢を楽しみながら生きていきたいと思う。  

 

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<おまけ>アルテイシアさんの過去著作のお勧め

 

『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』を読むと、往年のファンとしては以前のアルテイシアさんの著作をまた読み返したくなります。
そこでしつこいけど、おまけを書いてみました。

 夫さんとの出会いの経緯が書かれた、ドラマ化もされたデビュー作。15年前に発刊された、若かりし頃のアルテイシアさんと夫さんの物語。

主演の藤原紀香と陣内が結婚した際、テレビで陣内が「お互いの前でオナラをしないのがルール」と話すのを聞いて、夫さんは「オナラのできない家は滅びる」と予言していたそう。www.amazon.co.jp

 アルテイシアさんが20代の恋愛で吐いてきた、血反吐の歴史を振り返る一冊。歴代元彼さんとの、出会いと別れの経緯が克明に書かれています。
まえがきに「傷ついても、恋愛リングに上がり続ける人のための実用書」とある通り、恋愛と仕事でもがく生き様に、わたしはめちゃくちゃ救われてました。
14年前の本であることに驚き…!www.amazon.co.jp

 熟女=JJと呼び、加齢による生きやすさを教えてくれる本。
一瞬「加齢で丸くなる」系の話かと思いきや、益々エッジが立つアルテイシアさん。

中高年期を楽しむためにも「女友達をちゃんと大事にしよう」と心底思いました。www.amazon.co.jp

 その辺の恋愛本とは一線を画す、地に足のついた恋愛講座。
世の中のモテ本に書いてあるモテテクやスタンスって、「肉食系男子を好む、肉食系女子のためのもの」が多い気がしませんか…?
「彼を追わせる」的なことをやっても、付き合ってからも駆け引きしなきゃいけないのしんどいし、普通の女子が手を出しても、策に溺れることが多い。

理想のパートナー像も、整理できる本です。www.amazon.co.jp

 めちゃくちゃ笑える、あけっぴろげな下ネタ本。
22歳の時、この本のベースとなった『もろだしガールズトーク』を読んだ時は「女の人がこんな下ネタ書ける時代って素晴らしいな…!」と心底思ったもの。

アルテイシアさんとご友人の会話も、最高に面白い。www.amazon.co.jp 

 

 

仏(ほとけ)男子のススメ。

世のなか、誰と一緒になっても幸せになれる人は居る。

 

一方で、こだわりやクセが強く、パートナーを選びに選ぶ必要がある人(=わたし)も居る。

 

こだわりが強い、パートナーの言動が気になりやすい、傷つきやすく繊細。「重い女」「面倒な女」と、自分でも思っているかもしれない。

 

だけど自分を好きになってくれる人には「しっかりした、大人の女」を好む男ばかり。外面は気を張ってるから、まぁ自業自得なんだけどさ…。

 

付き合いはじめこそ順調だけど、こっちの感情のパンドラの箱が開いた瞬間に「そんな人だと思っていなかった」と突然振られる。

 

どんな人だと思ってたんだよっ!(涙)

 

または、何かと世話を焼きたくなるような男を好きになりやすいとか。最後は彼の幼さに振り回されるんだけどね…。

 

そんな感じで俗世の男性に疲れ、「もう恋愛をアガリたい…」と血反吐を吐いた貴女にオススメしたいのが、「仏(ほとけ)男子」である。

 

『恋哀広辞苑』(俺作)には、「仏(ほとけ)男子=懐が深く、情緒が安定しており、忍耐強い男性。パートナーに安心感と自己受容をもたらす。」と書いてある。

 

作家のアルテイシアさん(@artesia59)が提唱されている、ケツの穴の広い「アナルガバ夫」がまさにそれだ。

newstopics.jp

 

わたしが仏男子と初めてお付き合いしたのは、18歳の時。25歳まで7年半お付き合いした男性だ。

 

初めての彼が偶然「仏男子」。棚からぼた餅、超ビギナーズラックだった。

6年前の記事にも書いたのだけど、彼は常に寄り添ってくれ、受け入れてくれた。彼のおかげで、わたしは自分の感性や過去を徐々に肯定することが出来た。

だけど当時今よりさらにバカ作だったわたしは、それがどれだけ希少でありがたいことか分かっていなかった。


結局最後は、しょうもない喧嘩を吹っかけた延長線上で彼に振られ、別れてしまったのである。

 

当時、彼を失った喪失感はもちろん大きなものだったが、「長年付き合って、家族みたいになってたし。まだ恋愛したいし。」と失恋の傷に蓋をした。
「久々に恋愛市場に出れば、別の恋が待ってるんじゃないかな♪」なんて淡い期待も正直あった。

 

世間知らずなド畜生である。

 

それから今の夫と付き合うまでの6年間、坂道を転げ落ち、血反吐を吐きまくることなんて、予想だにしていなかったのだ…。

 

失恋後1年間喪に服した後、26歳から31歳まで、短命な恋愛を繰り返した。
そして失恋する度に、「もう失恋したくない。失恋が怖い…」と痛みにのたうち回っていた。

 

わたしは自分ことを、世の男性にもっと受け入れてもらえると思っていたし、自分自身も世の男性を、もっと受け入れることができると思っていた。

でも、それが出来なかった。

 

そんなこんなで坂道をズッタンバッタンと大げさに転げ落ち、血反吐を吐き散らかし、底をついた時に付き合ったのが今の夫だ。

 

夫は学生時代の同期で、14年来の友人。
特に親しくしていたわけではなく、卒業後は2年に1度くらいの頻度で、飲み会で一緒になる程度の仲であった。

 

そんなある飲み会で、久しぶりに再会した夫を見てピンときた。「こういう情緒の安定した、人として信頼できる男と付き合うべきや」と。

 

もちろんそんなこたぁ数年前から頭では分かっちゃいたのだが、底つきの勘と言うか、当時のわたしには神の啓示のように思えた。そしてその後、自分からデートに誘い、幸運にも付き合うことができた。

 

しかし自分からちょっかいを出したものの、長年の友人と恋愛関係になることに最初は戸惑った。シラフで居られなくて、自分だけ昼間からアルコールを入れていた。

 

だけど、だんだんと彼の安定した情緒と優しさに心地よさを覚えていき、友情のような穏やかな空気感のまま、付き合って半年で結婚を決めた。

 

入籍時、「これで恋愛の惚れた腫れたとは一旦おさらばか…」と一瞬思ったが(懲りねぇやつだな)、予想外に結婚後、日毎に夫を好きになっている。「人はありがたみでときめける」ことを知った。

 

特に実家に悩んできた人こそ、穏やかな仏と暮らしてみて欲しい。
こちらからすると、生活を共にする相手の情緒が安定していることなんて奇跡で、「ありがたみ」が半端ない。

 

365日毎朝毎晩、同じテンションで安心させてくれる。わたしのややこしく厄介な性格も、「そうじゃなかったら、きみじゃないよ」と受け入れてくれる。

 

夫と付き合う前は、「もっと自分が面倒な女じゃなかったら」とか「変わらなきゃ」と思っていた。

だけど今は、「きみの好きなところは、面白いところ」と言ってくれる夫とパートナーになれたことで、「こんな自分でよかった」と思えるようになった。

 

そんな仏男子推しのわたしだが、「仏男子なら誰でもOK。いつ付き合っても即幸せ」と言いたいわけじゃない。

仏男子と出会っても、「男性として見れなくて…」と悩む人も居るが、生理的に合わない人はしょうがない。

一生に数度あるかどうかの伴侶選びで、生理的観点を我慢する必要はないと思う。
その仏男子はきっと、ほかの誰かの愛しい人になるはずだ。

 

それに、仏男子に魅力を感じるかどうかは、こちらの感受性でも変わる。

以前は、「自分が何にときめくか」(わたしの場合は安心感)ということを、まだじゅうぶんに自己認識出来ていなかった。

あのタイミングで今の夫だったからこそ、カチッとハマったんだと思う。

 

あ、くれぐれも「最初だけ懐広く振舞う、エセ仏男子」にはお気をつけて…!恋愛初期のドーパミンで一時的に人格が変わっているだけなので…。

 

何を食べても大概美味しいと思える人も居るし、最初から好き嫌いがハッキリ分かっている人も居る。

だけど、いろいろ口にして「自分、思ったより偏食でした」と気づく人も居る。苦手な味を知らなきゃ、自分が何を美味しいと思うかも分からない。

 

血反吐を吐いて疲れたら、仏門に入ろう。

 

ピッタリとハマる仏男子がきっと居ると思う。

 

妊婦日記 in パリ(その2:外出制限と白髪)

外出自粛して3ヶ月。もう、白髪まみれである。


一見して「白髪すごいね!」というわけではないのだが、髪の表面を一枚剥ぐと、白髪がわんさか見える。


なかでも喫緊の課題は、もみあげだ。

 

30歳の誕生日の翌日に、「三十路おめ〜」と突然現れたもみあげの白髪が、以来、抜いても抜いても生えてくる。


以前は「お前らの代で根絶やしにしてくれるわっ!」と根こそぎ抜いていたのだが、そうすると奴らはますます子孫繁栄してくるので、もう孫の代で諦めた。


こんな髪質だけど、わたしはまだ、北川景子と同い歳なんだ。まだ頭取にはなりたくない…。

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フランスでは小さな床屋も、出張型の美容師も、国に営業を禁止されて1ヶ月以上経つ。

 

夫も「外出制限が解かれたら、まず床屋に行きたい」と毎日漏らしているが、そういう人は結構多いと思う。


先日も、国に隠れてひっそり闇営業をしていた小さな床屋が、警察に摘発されたらしい。店主も、店に並んでいた客も情け容赦なく一斉摘発だ。

 

それなら、スーパーで白髪染めを買ってきて自分で染めようかとも思ったのだが、いままで「フランスの(髪の)薬剤は強いから、気をつけたほうが良い」と日本人の美容師に言われてきたので、妊婦の自分が手を出して良いものか迷いがある。


ちなみに、隣国のベルギーに住む妹に以前「白髪染めをどうしているか」と聞いたところ、「こちらのカラー剤が合わないので、日本のAmazonから取り寄せている」と言っていた。妹も、10代の頃から白髪を染めてきた苦労人なのだ。
あの時備蓄しておくべきだったのに…わたしのバカ…。

 

ちなみにわたしはクセの強い天パなので、毛の悩みは尽きたことがない。
神様に「どんな半生でしたか」と聞かれれば、「毛に翻弄された半生だった」と答える。

 

それでも3ヶ月に1度は縮毛矯正をし、日々のホームケアでなんとかしていたのだが、いまは自宅の風呂事情があまり良くないこともあって、おざなりにしてしまっている。

 

余談だが、昔「マヨネーズでトリートメントをするとサラサラになる」「ヨーグルトでトリートメントするとしっとりする」などの、いま冷静に考えれば「たとえ効果があったとしても、わざわざそれやる?」系のヘアケアが、まことしやかに囁かれていなかっただろうか。

 

自分は小学生の頃、確か『ピチレモン』だったか何かの雑誌で見た気がするのだが…。

しかし、酸っぱ臭い思いをして色々試行錯誤を重ねたが、結局自分の癖毛はビクともしなかった。
食品を無駄にしたうえに風呂場を汚し、親にブチギレられた苦い思い出である…。

 

さて話を戻すと、いま住んでいるアパルトマンは築130年、日本だと歴史的建築物である。

風呂の湯はタンク式なので、一定量以上使うことができない。
1日に2人分シャワーを使うと、もう湯が枯渇して水風呂になるので、湯船に湯をためることができないのだ。
いったい、なんのための湯船や…。

 

ユニットバスなのに何故かだだっ広いのだが、海外の風呂なので、身体を洗うスペースもない。
寒い浴室で湯船に突っ立ってシャワーを浴びるのは、冷え性にとっては真夏以外は苦行でしかない。
加えて、妊娠してからじゅうぶんなトリートメントやヘアケアが難しくなり、家にいるときはガサガサの髪をひっつめている。

先日鏡を見て、思わず「髪の毛がチン毛みたいだな〜」とつぶやいたら、夫が背後で「頭から生えるなんて、優秀なチン毛だね」と言った。

 

どういう受けなんだろうか…。
つくづく、人というのは、一緒に暮らしてみないとわからないものである。

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夫は白髪まみれの私が気になるらしく、ソファや布団でゴロゴロしている時に、白髪を根元から抜いてくる。
「抜くな!」とキレたら、今度は根元から切ろうとしてくる。
向こうにとっては、膝の上に乗せたペットの毛づくろいのつもりかもしれないが、白い切れ毛が増えるだけで根本解決にならないので、マジで止めてほしい。だからチ●毛が増えるんだ!

 

そんな夫だが、普段は無数に埋まっているわたしの地雷を避ける能力が、著しく高い。


だから何も言わないが、本音では、自宅に居てもキレイにしてて欲しいのかもしれない。

わたしだって、雑誌やSNSで見る、「家の中でもオンナを忘れないのが夫婦円満の秘訣」という、恐らく正論、だけど当事者からすると呪いでしかない言葉が、頭を過ぎらんでもないのだ。

だけど、妊娠中の妻の見た目が劣化したからと言って「女として見れない」とかのたまう、種馬の隅にも置けない東出みたいなやつは、「こちらから願い下げだ!」と思い直して、自己正当化する日々である(無論、杏ちゃんは美しい)。

 

しかし、妊婦が集まる掲示板やQ&Aサイトを覗くと「妻の妊娠中に、夫が浮気」というケースは、どうやら珍しくないらしい。

それを読んでたら、なぜか他人のわたしまで腹が立ってきた。


それでこの間、帰ってきた夫に「妊娠中に浮気したら、あんたのこの先の収入も、根こそぎ慰謝料と養育費としてふんだくってやるからなーっ!」と夫に突っかかったら、「何と戦っているの?」と言われた。

 

確かに、わたしは目の前にいない敵と戦いがちである。

つわり中は「妻がつわりに苦しんでいるのに、自分の世話が疎かになったと怒る子どものような夫」(掲示板より)の類に、猛烈に怒っていた。

お察しの通り、昨今のtwitterによくいるタイプの人間である。

 

ところで最近、オンラインでフランス語会話の授業を受け始めた。

 

講師はフランス在住の日本人女性。
この先生が、髪はいつもキレイにブローされており、メイクも適切に施され、スカーフやストールで顔周りも華やかなのだ。

 

どことなく工藤静香に似た雰囲気を感じて(美人なのだ)、心の中で静香先生と呼んでいる。しかし、せっかく自宅に居るのに、日に数時間しかない授業のために、気を遣わなくてはならないとは。オンライン講師業も大変だな…。

 

そんな静香先生を見ていると、わたしも生徒として、すこしはわきまえるべきかと思い、3ヶ月ぶりに化粧をしてみた。

 

…マスカラを塗る手が震えていたので、たまにはリハビリをしていこうと思う。

 

妊婦日記 in パリ(その1:健診と買い物事情)

フランスに移住して早5ヶ月。
そのうち、つわり+外出制限で引きこもること、早3ヶ月。


語学学校も休校、近所の方に雇っていただいたシッターのアルバイトも当面休みになった。

 

そんなわけで、大食いyoutuberの動画で日本食への執着を紛らわし、SNSで寂しさを紛らし、少し語学を勉強する日々を送っている。

 

もはや「あんた何しにフランス来たん…?」であるが、この日々も後から思い返せば「貴重な過ぎ去りし日々」となるはずなので(なるのか?)、日記を綴っておこうと思う。

 

初回のこの記事では、いまの身の周りの状況(フランスの状況、買い物などの日常生活)についてつらつらと書きたいと思う。

 

フランス国内で外出制限措置が敷かれてから、1ヶ月以上が過ぎた。

「止むを得ない仕事・食品の買い出し・1時間以内の運動以外は、外出禁止」という厳しい制限を行っているにもかかわらず、感染者は増え続け、死者数は2万人を突破した。

 

一方で、入院患者数(=重症者数)と集中治療室で治療を受けている患者数は減少しているとの報道も。
このまま収束への光明が見えてくれるかどうか、という状況である。

 

フランス政府は、現状と同じレベルの外出制限は「5/11まで」と広報している。

5/12からは、保育園と小中高校の一部学校・学年が、段階的に再開される見通し。
飲食店などの集客施設や食品小売以外の店舗の営業再開は、まだその先だと言う。

 

ただ、一時期に外出制限が緩和されたとしても、有効な治療薬とワクチンが開発されるまではいたちごっこだ。


夫の仕事の都合上、こちらにはあと2年住む予定だが、2年間このままの状況でひっそりと終わる可能性もある。

であるならば「収束したらイタリアに旅行に行きたい!」などと極力考えないようにして、幸せの閾値と期待値を極限まで下げて、生活している。

 

そんなご時世なので、妊婦日記と言いながら、健診には、通院先に先月、診察拒否を受けてから行っていない。
理由は高齢の院長の感染予防のためである。院長にとっては死活問題だ。

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フランスでは、検診・エコー・産院、それぞれ病院が別の分業制である。

 

この院長に以前、「産院選びに迷っている」と相談したら、「世界中の妊婦のうち、病院で出産するのはほんの2割だ。だから心配することない」との返答を受けた(数字はうろ覚えです、すみません)。

産科医の存在意義すら揺るがしかねない大胆な回答に、「まぁそんなもんか」と思うようにした。

 

この病院は、日本人の奥様を持つ、フランス人の院長一人で営む個人院だ。
通訳を付けることのできる「アメリカンホスピタル」以外で、日本語が通じる産科医は、この先生しか聞いたことがない。

 

夫は、日常生活でのフランス語には困らないが、妊婦検診・出産となるとそうもいかない。

日本でも同様のケースが発生していると聞いたことがあるが、こちらでも妊婦以外の付き添い禁止の病院が増えている。


この先生なら出産前まで日本語で診察を受けられるので、わたしにとっては頼みの綱。
その意味でも、先生には長生きしてもらわねばならない。

(ちなみにアメリカンホスピタルは、かのアンジェリーナ・ジョリーも出産したという総合病院である。が、検診+分娩+3日間の産後入院で累計200万円超えと、やはり価格もセレブなので、自分にとっては最後の切り札である)

 

そんなこんなで、欧州の状況が、日本でどのように報じられているかは分からないけれど…。
わたしに限って言えば、大変かと問われれば、そんなこともない。

 

医療従事者や補償などの手続きに関わる公務員でもなく、終日付きっきりで世話をしなくてはならない、小さな子どもも居ない。


自宅でリモートが可能であったり、経済的に大きな打撃を受けずに済んでいる人々の暮らしは(少なくともわたしは)、至って平穏で地味なものである。

 

家から一歩出てみると、食品関係以外の店舗は軒並み閉まっているものの、買い出しに出ている人がポツポツと出歩いている。

ちなみに外出には、いかなる場合にも「外出許可証」の携帯が必須だ。

 

証明書には、氏名と外出目的と日時を、外出の度に明記しなければならない。
これを携帯していないと、巡回している警察に、問答無用で罰金135ユーロ(約1万6,000円)〜375ユーロ(約4万4,000円)を徴収されてしまう。
(回数を重ねると金額が大きくなり、30日以内に違反を重ねると最大で禁錮6ヶ月らしい)

 

この1ヶ月で、罰金対象となった違反報告は累計約70万件以上にのぼると聞いた。
罰金が平均3万円/回と仮定して、累計210億円である…。

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春物が店頭にディスプレイされたまま…(涙)道が汚いのは、通常運転。

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 スマホでも作成可能になった外出許可証

 

現在多くのスーパーでは、店内を過密させないために、入場制限が行なわれている。

 

お客は、スーパーの外で前後の人と1メートル間隔で並び、店員が入店を促すまで入店してはいけない。
時間帯によっては、数十メートルの行列に並ぶことになる。


入り口には、クラブのセキュリティを思わせる全身黒ずくめのマッチョが立っているので、みんな大人しく待っている。

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偶然、全身黒ずくめのお姉さんを写してしまったが、行列は写真左である。

 

しかしそこまでの厳戒態勢を経てやっと入店した店内には、果物や野菜が包装なしのむき出しで積まれている。


それをみんな素手で掴んで棚から取ったり戻したりしているので、果たして衛生的にどうなんだろうと思うけど、郷に入っては郷に従うしかない。
(最近はビニール手袋をしているお客も増えたが、顔やら色んなところを触った手袋で食品に触れたら意味がない)

 

国からリモートワークを半強制されているこちらでは、外出して働いている人はそう多くない。

そのなかで、スーパーやフードデリバリーで働く人には「自分たちは危険に身を晒して仕事をしている」という意識を強く持っている人が多い。

なので外出制限が始まってすぐに、従業員とお客ができるだけ接触せずに済むよう、配慮がなされた。

スーパーのレジは、お客との接触を避ける様に透明なビニールシートで覆われ、現金の受け渡しはトレー上で行い、店員はマスク+手袋+フェイスシールドで防備している。

 

以前から、買い物に外出する際は、言葉や仕様がイマイチわからないためおっかなびっくりだった自分。
ただでさえそうだったのに、ピリついた雰囲気が漂う最近のスーパーに行くのは毎度緊張している。
帰路ではいつも「今日は怒られなかった…」と、心の底から安堵のため息をついているのだが、我ながらどんだけビビリだよ。

 

もし、フランスのスーパーで「マスクは置いてないのか」なんてゴネたら、店総出で激ヅメされるかフルボッコにされるかのどちらかだと思う。


日本のサービス事業者の方のホスピタリティは抜群だけど、どうか高慢なお客の犠牲にならないで欲しいと願うばかりだ。

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写真では見えづらいけれども、フランスでは毎晩20時に「医療従事者や外出して働く人々に対して、感謝とエールを送る」という意図で、各々の家の窓を開けて、拍手を送るという習慣が、1ヶ月経った今も続いている。

 

ウチから道路挟んだ向かいには、隙間なくアパルトマンが並んでいる。
だけど、拍手の時間に見かけるのは、そのうちほんの数世帯だ。

 

かと言って、他の時間に在宅している様子も見えないので、どうやらほんの数世帯をのぞいて留守ではないかと思う。

 

パリの人は、バカンスやら何かにつけ、すぐパリを脱出しようとするとよく聞く。


もちろんパリが好きで住んでる人も多いと思うけど、以前、フランス人に「パリに住んでる」と言うと、「お気の毒に…」と返されることがあると聞いて、驚いたことがある。

 

今回も外出制限が始まる直前に、郊外や地方に脱出した人も多いと聞いた。
外出制限が発表されて以降も、地方へ移動しようとする人々が続出し、軒並み違反者として罰金対象になったと報道されている。

 

しかし4月に入ってからというもの、20時でもこの明るさである。

日光浴と、テラス席で飲むワインをこよなく愛するフランス人にとって、今年はどんな夏になるんだろうか。

 

パリで過ごす最初の夏は、なんだか冴えないものになりそうだけども、いまはとにかく「生きてるだけでまるもうけ」だと思って、ありがたく生きていきたい。

 

「何があれば産めるの?」から妊娠に至るまで

突然なのだけど、この数ヶ月、ひっそりと妊婦生活を送っている。

 

昨年2月に結婚した夫が、昨年6月から3年間の期限付きでフランス赴任になった。
海外で暮らせる機会もそうないので、思い切ってわたしも会社を辞め、昨年11月にフランスに移住。その後、今年1月の半ばに妊娠発覚したというわけである。

 

 思い起こせば5年前のブログに、付き合っていた彼氏に、「子どもが欲しいかわからない」と言ったら、「じゃあ何があれば産めるの?それはいつ決められるの? そう言うきみに、これ以上時間を費やせない。」と振られたという趣旨の記事を書いた。

 

それから約5年経って、望んだうえで妊娠したわけだが、正直言うと、あれから大きな心境の変化があったわけではない。

 

わたしが子どもを作ろうという心境に至ったのは結局、「いろんな諦めや横着、加齢ゆえの楽観主義が加速した結果」だと思う、と小声で言いたいのだ。

 

大ぴらに言うと批判されそうだし、まず共感されないと思うけど、以前のわたしと同じように、子を望むかどうかについて悩んでいる人が居たら「こういう人も居ます」と伝えたい。

 

無事出産したわけじゃないので、とらぬ狸の皮算用感がすごいけど、そこから妊娠に至った現在までの心境の変化(=自分との折り合いがどうついたか)を書き残しておこうと思う。

nyankichitter.hatenablog.com

自分で読み返すのが恐ろしいほど、エモさ全開の上記の記事は、ありがたいことに多くの反響をいただいた。

「わたしも子どもが欲しくないと思っていたけれど、夫に出会って変わりました。今は子どもがとても可愛いです」

「わたしも子どもが欲しくないと思っていて、やはり作らないことにしたけど、幸せです」

「こんな大人になりきれていないやつに、子どもを産む資格はない。母親になるな」

 

当時、わたしの周りにも「子を持たず幸せに暮している女性」はいた。ロールモデルとするには、じゅうぶんすぎるほど魅力的な方達だ。

わたしは彼女たちの自由さや感性に憧れていた。

一方、子どもを持つことに対しての “ おっかなさは、根強いものがあった。

 

モラハラかつ軽くアル中だったわたしの父から、育児の協力を一切得られなかった母は、精神的に追い詰められるあまり、「結婚はするもんじゃない、子どもは産むもんじゃない。」と、わたしたち三姉妹の前でこぼすことがあった。

 

姉妹間では、「このハードモードな世の中に、勝手に産み落とすことは出来ないよね…。」とよく話していた。

しかし20代後半になっても心が定まらず、その不安定な気持ちを言語化したくて、なんだかんだぐだぐだとブログに書いたのだ。

 

そしてそれから約5年経って妊娠に至ったわけだが、正直、あれから大きな心境の変化があったわけではない。

もちろん「望んで子どもを作ったわけじゃない」と言っているのではない。

わたし個人が子どもを作ろうという心境に至ったのは、「いろんな諦めや横着、加齢ゆえの楽観主義が加速した結果」だと思う…と小声で言いたいのだ。

 

冒頭の記事を書いたのは28歳の時。長く付き合った彼と別れた後、坂道を転げ落ちるように短命の恋愛を繰り返している頃だった。

その後も相変わらず血反吐を吐き尽くして、「もう恋愛をアガりたい…」と底をついた31歳の落ち武者は、14年来の友人と付き合った。それが今の夫である。

 

自分がプライベートで重視するものは「心の安寧をもたらしてくれるパートナーである」と自己分析したわたしは、友情の延長線上にあるような関係性がかえって良かった。

 

一方で、彼が「どんな形であれ、子どもが欲しい」と心に決めているのは知っていたので、若干の迷いと、相手にも自分にも本音を誤魔化しているような後ろめたさを感じていた。

しかし「この人が父親であるならば、子どもは少なくとも、父親要因では不幸にはならないだろう」という確信を拠り所に、結婚を決めた次第だ。

 

これが20代であれば、わたしは決断しなかったと思う。

しかし30代になり、わたしはこれまでの短命な恋愛遍歴から「こだわりとクセが人一倍強い自分にぴったり合う人は、そう現れないんだな」という実感を得ていた。

 

そして「みんなまだ欲しくない、わからないって言うんだけど、産みたいと思った時にはもう遅いってことが多いのよ」という諸先輩方からのアドバイスが、自分の中で言霊のようになっていた。

 

それらの実感や言霊が自分のなかで断層のように折重なり、「これまで散々悩んで考えて、それでも結論していないということは、子どもを作るも作らないも、どちらも許容範囲ということなのだろうか」という境地になっていった。

このことは、「彼(夫)を手離したくないから、そんな気になったと自己正当化してるだけ」のような気もするし、「考えるのが面倒になった」という横着でしかないような気も、未だにしている。

 

そして何よりも決定打となったのは、自分でも意外だったのだが、「母親に孫の顔を見せたい」という思いだった。

 

先述の通り思春期の頃から姉妹間では「子どもを産むのは無理だよね」と話していたのだが、なぜだかわからないけど、わたし個人は年々「母親に、ひとりくらい孫の顔を見せたい」という思いが強くなっていった。

ならば、なんだかイマイチ覚悟が足りないような気もするが、そろそろ避妊を止めてみようかと思うに至ったのである。

 

 

例の記事を書いてからこの5年は、正直に言って、わたしにとって「人生のゆるいくだり坂」というか、目指すべき山も谷もない、ただだだっ広い道が目の前に広がってるだけの「人生の長い踊り場」のような日々であった。

 

体調を崩し以前のように働けなくなってしまったのをきっかけに、自身のモチベーションも変化し、仕事への自信や進みたいキャリアが見えなくなってしまった。

 

だから「一言で言うと、人生色々と冴えなかったから、結婚して仕事を辞めて海外に行って妊娠して、その道に逃げこんだんでしょ?」と思った人も居ると思う。

 

実際、そうなのかもしれない。「もうキャリアは捨てたんだね。」と言われたこともある。

 

でもわたしの人生は、運が良ければこれからも生きて、続いていく。

 

他の人からどう思われても構わないけど、子どもを作ったからと言って、そして一度キャリアの梯子を降りたからと言って、幸か不幸か、当人にとっては簡単に捨てたり諦めたりできるものではないらしい。

 

「何があれば産めるの?」と言った当時の彼、「どうしたらわたしは子どもが欲しいと思えるのだろう」と自問自答していた昔のわたしに、今のわたしはどう答えるだろう。

 

「色んなことが重なって、なるようになった」と身も蓋もないことを言うほかないかもしれない。
でもそれが、わたしの折り合いのつけ方だったのだ。

 

 これから、長い踊り場のような日々が続いても、急な坂道を下ることになっても、また山の頂上が見えても見えなくても、自分を受け入れて、このタラレバの効かない世界を生きていくしかないなと、今は思っている。

 

先日、妹に妊娠の報告のLINEを送ったら、「おめでとう!」という返信を貰った。


正直、妹はどう思うだろう。覚悟を問われるだろうか、何か言われるかなと内心ビクビクしていた。

 

もしかしたら内心思うところはあったかもしれない。
でも、それでもすべてを飲み込んで、その一言をくれたことがありがたかった。

 

「ロックダウンになる前に、やっときゃよかったこと」リスト

いたずらに不安を煽るつもりはまったくないのですが、日本(首都圏?)が、このまま状況が悪化したら「ロックダウン」(対象エリアの住民の活動の制限)になるんじゃないか説をSNSなどで見かけました。

そこで、今わたしが住んでいるフランスが、生活必需品販売店以外の店舗休業や外出制限下になった際に、「やっとけば良かったな」と個人的に思ったことを記載してみました(フランスはロックダウンが始まってから、1週間半程経過しました)。在外邦人上メセクソバイスに聞こえたらすみません。

日本は公衆衛生レベルも高く、自粛を強く訴えれば一定の効果が見られるだろう国だと思うので、今後どこまで厳格な対応をするか、正直言ってわたしには想像がついてません。

しかし、フランスが外出制限を発令した3/16 夜時点では、感染者が約6,600名、死者約150名でした。

そして、フランスが日本の感染者数を超えたのは、3/16のたった1週間前の3/9です。
その時点では日本が感染者数約1,000名超え、フランスが1,500名を超えたところでした。1,500名といえば、いま現在の日本と同程度の感染者数です。日本同様積極的検査を実施したわけではないのに、フランスはそこから1週間で5,000名、そして今や1日5,000名のペースで増加しています。

※死者に関しては、日本はフランスの3分の1から4分の1程度に抑えられています。

しかしそこまで感染者が増えても、市井の人はロックダウンが始まるまでは、生活はほぼ通常通りで、自分もいま思えばのんきに構えていました。しかし、事態はいきなり進行します。

なので、もしかしたら取り越し苦労をさせてしまうかもしれないけれど、急いで備えて欲しい&自衛してほしいなと思います。

 

わたしは若干弱気に書いていますが、twitterで海外在在クラスタの方は、在在国の現状を踏まえて、かなり強めにハッパをかけています。詳しく知りたい&危機感持ちたいという方は、ulala franceさんやめいろまさんなどのtweetが参考になるかと思います。

 

※フランスでは現在、生活必需品販売店以外の店舗は一斉休業を強いられ、スーパーと薬局、パン屋とご飯系の食品小売、ガソリンスタンドと銀行以外は閉店しています。

また、外出許可証の携帯が義務付けられており、違反した場合1万6,000円の罰金が課される外出制限が行われています。

店舗一斉休業も外出制限も、「明日からやるぞ」みたいな感じで突然始まりました(罰金に関してはどんどん厳格化されており、15日以内に再度違反した場合は、最大17万円の罰金というえげつなさです)。

さすがに日本政府はいきなりそこまで強硬なことはしませんよね?どうなんでしょう?お節介?という思いがありつつも、念のためしたためたいと思います。

 

【やっときゃ良かったことリスト】

(このために人混みに出るほどではありません。もちろん自宅待機が最善と思います)

 

・地味に困るメンテナンス系

床屋とか皮膚科で薬を貰うとか、コンタクトとか歯医者とか美容系のメンテナンスとか、今後1-2ヶ月の放置が耐えられなさそうなことは済ませておくこと(夫は「髪切っておけば良かった…」と、よくぼやいております)。

いま現在も外出自粛が望まれる時期ではありますし、一番安全なのは自宅にいることですが、店舗や病院が休業に入ると如何ともしがたい状況になります。自分が不快に思うこと、耐えられなさそうなことを厳選して、いち早く準備して欲しいです。

フランスでは、国から一斉休業を強いられない業態でも、スタッフの感染予防のため休業する店舗や病院も多く一時休業しています。行きつけがある場合は、ご留意ください。

 

・食料品などの生活必需品について

ロックダウン後もスーパーは開いている事が多いので(フランスはじめ大概の国では開いてます)、むしろ食品などの生活必需品はなんとかなる印象です。日本にはコンビニがありますし。

最初はどこの国でも買い占めが起こるものの、よほどの事態じゃない限り数日で解消されています。テレビやSNSではもぬけの殻になった棚を取り上げていますが、もし買い出しが出遅れても焦らなくて大丈夫です。とりあえずは、数日分の食料があればOK。

ベタですが、米と水があれば最悪なんとかなるので、不安な方はあると安心感があります。

ティッシュやトイレットペーパーは既に品薄と聞きますが…フランスもそれらは品薄気味なので、見つけたら買って補充するしかない状況です。

・体調崩したときのために

お粥やお味噌汁など、インスタント食品の備蓄。この時期、用心していても風邪を引きやすい時期かと思います。

わたしもそうだったのですが、体調悪い時に、風邪引いてるのかコロナに感染してるのかビビりながら買い出しに出かけるのは精神的負担が大きいと思うので、体調悪い時でも食べられる食品や飲み物をぜひ確保しておくと安心だと思います。

あと体温計をお持ちで無い方は、買っておいた方が良いです。風邪なのかコロナなのか、最初は熱(37.5度以上か)と咳(断続的な乾いた咳かどうか)と息苦しさの有無で自己判断するしか無いので…

Amazonや通販の配送について

生活必需品以外の配送が他国同様、早々と止まる可能性があるので、生活必需品「以外」の欲しいものは速攻!ポチること(やらずに後悔中)。受け取りの際は、ぜひ置き配や宅配ボックスを選択すると、宅配業者の方にも喜ばれるのでは無いかと思います。

 

・生活必需品以外について

本とか娯楽品とか電化製品とか、お子さんの教材やおもちゃとか、あとあと必要になりそうなもの、欲しくなりそうなものは思い切って買っておくこと。

フランスではこの類の販売店舗は全て休業、あとの祭りです。

・毎日が最後の晩餐

ラーメンなど食べたいものは、店が空いてるタイミングで速攻食べておく。

 

リストは以上です。

 

個人的所感としては、スーパーに行くのと近所での運動(フランスでは1時間1キロ圏内)が許可されている限り、事業者観点はさておき、生活者として生きていく分には全然問題ないです。ロックダウン=生活者として悲惨では無いので、ご安心ください。やはり大事なのは食と運動ですね。

あとは精神的ストレスをどこまで感じずに居られるかが、個人的に難関です。

【幸せの自給自足が出来るか】いう、ひとりひとりのオタクスキルが問われています。
わたしは腐女子の『つづ井さん』というエッセイマンガを読んで、オタクの自給自足スピリットを学ぼうとしております。
https://crea.bunshun.jp/list/comic-essay/author/つづ井


わたし個人は体調の関係で、1月中旬からほぼ引きこもっていたので、外出自粛を2ヶ月半ほどやっとることになるのですが、もう…もぉ…いい加減飽きています。特に天気が良い日は爆発したくなります(謎)。

ただ、いま現在の日本の「自粛する人はするし、しない人はしない」という、気を付けてる人ほど割りを食ってるように感じる宙ぶらりんの状態や、お子さんに合わせて子育て中の方ばかり家にこもらなければならないという状態も、結構なストレスだと思います。

なので一部の方にとっては、みんな一斉に行動変容せざるを得ないロックダウンの方が、ヤキモキしなくて済むぶん、精神的に安心するしマシなんじゃ…とさえ思ったりもします。

そしてひとり暮らしでも、複数人で暮らしでも、どうしてもストレスは溜まるもの。

人と会わず職場にも行けなくなると、家族間でもマジで話すことがなくなります。
なので、各人が好きなコトやモノを複数確保しておくのがおすすめです。オタク最強説です。

あと、ロックダウン中でも外出せざるを得ない職業の方や、仕事上リモートワークが出来ない方に対する配慮(普段以上に手を煩わせないとか、置き配にするとか)や、感謝の声がけはとても大事だと思うようになりました。

実際自宅の近所のスーパー数軒の店員さんの対応が、いつにも増してピリピリしているのをヒシヒシと感じます(フランス人あるあるで、普段から愛想は無いことが多いのですが、さらに殺気が…)。
また下記リンクの動画に映ってるフードデリバリーの配達員さんの様に、マンションの下までお客さんに来てもらって、手渡しを避けて「スクーターの袋に入ってるので持ってってください」と、お客さんから1メートル以上距離を置いたところから伝える、という方法をとってる方もいます。

https://www.facebook.com/654873828310251/posts/866173280513637/?vh=e

ロックダウンが始まってみんなが出歩かなくなった時に、仕事上外出せざるを得ない方が「自分たちは危険に晒されながら仕事をしている。家に居れるだけ安全じゃないか」と不満が溜まっていくのは当然のことだと思うので…。
だから家に居れる人は「家に居られるだけありがたい」と思って粛々と引きこもるしかないですかね…。

最後に話が逸れる上に、わたしがこんなところでこんなことを書いても何の役にも立たないのですが…。

家庭が辛い人やそんな子どもにとって、ロックダウンが起こると、どれ程辛い環境に追い込まれるのだろうと、毎日いたたまれない気持ちになっています。

実際フランスでは外出制限下で、家庭内暴力が32%増加したといわれています。フランスでは薬局に買い物に行った際に被害を訴えると、薬局から警察に通報出来る仕組みが用意されています(しかし通報したあと、どのような保護手段があるのかは、わたしの語学力ではわかりませんでした…)

国や自治体頼みで自分が情けないですが、外出制限中でも駆け込める場所や一時保護を継続受け入れしているシェルターの存在は、積極的に広報して欲しいです。

 

ニュースによると中国は現状復帰を始めているようですが、欧州ではロックダウンがいつ緩和されるのか広報されておりません。
フランス政府は、以前は「ピークは5月末」と予測していたので、夏前に状況が好転するかどうかでしょうか…。日本も長期化しないことを祈ります。 

 

というわけで、ロックダウン1週間半で、夫婦の会話が尽きた現場からは以上です。

 

みなさまも、無事健やかに過ごせますように…。なんだか長丁場の気配で気が滅入りそうになりますが、一緒に乗り越えましょう…!

 

【追記】(2019.3.29)
「やっときゃよかったこと」に、「里帰りするなら至急で」と記載していたのですが、削除しました(本来なら削除部分を明示するため、訂正線を入れたかったのですが、現在アプリからしか操作できず…やむを得ず削除しました)。


フランスでは外出制限が始まってすぐ、「しばらく家で過ごすなら地元で家族とゆったり過ごしたい」と考える人々が増え、パリから郊外や地方に移動しようとする人が続出し、違反者として取り締まられました。

しかし、家族を大事にするイタリアでは、里帰りが原因で感染が拡大したと先程知りました。
ワンオペ育児で家にこもりっきりの方は、ご実家で自粛期間を過ごした方が精神的にラクになるのでは…と思ったのですが、ご実家にご高齢の方がいらっしゃる場合は特にご注意ください。

日記(8月26日~9月1日週)。

5年と4か月もブログをやっているのに、書いた記事はその間「37記事」。もはや「細く長く」を通り越して、消えそうで咲きそうなホントに咲かない蕾のままであるこのブログですが、書いたものを読んでいただくことは好きなのです。

なので、リハビリがてらこれから日記を書こうと思います。

 

<8月26日~9月1日週>

 

8月26日  パリで折った歯の修理

 先週・先々週と、夫が赴任しているフランスはパリに遊びに行ったのだが、着いて間もなく「鮭とば」を無心でしゃぶって、前歯を欠けさせてしまった。

「鮭とば」の先端の皮が挟まって、それを力任せに「ふんっ」と両手で引き抜いたら、前歯がパリッと欠けたのである。

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鮭とばと欠けた歯の記念撮影

友人に話したら、「なぜパリでわざわざ鮭とばを食べていたのか」と聞かれたのだけど、それはフランスの食生活が合わなかったからである。世界を代表する酪農大国。チーズを漬物のように食する国。だけど残念なことに、わたしは、乳製品が食べられない。

外食すると、何かとクリームソースやチーズがぶっかけられていたり、パンやパテにチーズが挟まっていたりする。「おいおい、ぶっかけたり挟んじゃうの大好きだなぁ!」と、ひとり突っ込みを入れて悦に浸れるのは良いのだけど、切実な問題として、食べられるものがない。

フランス語は「café」くらいしか読めないので、分からないメニューにチャレンジするのが怖い。ひとりでランチに出ると、言葉が話せないので、店員の塩対応が怖い。一度、メニューを広げて目をつぶって、ここだと思うところを指さして注文するというロシアンルーレット的注文を自分に課してやってみた。目を開き、指で刺した箇所をよくよく見ると、「frites」と書いてある。揚げ物だからさすが大丈夫だろうとタカをくくって待っていたら、フライドポテトにチーズがぶっかけられたものが出てきて、ひとりペーパーナプキンでチーズを拭き取りながら食べるという羞恥プレイに、泣きそうになった。

そんなある日、家で夫がお土産にいただいたという鮭とばを食べていた。これが大変立派な鮭とばであったので、袋ごと横取りし、泥棒猫の誹りを受けながら「ひさびさに出汁とみりんの味がするにゃぁぁぁ(涙)」と喜び勇んでしゃぶっていたところ、天罰が下りこの惨事である。

前置きがビビるほど長くなってしまったけれども、そういうわけで、口腔内の風通しの良さを感じながら、歯医者に行ったのだ。

わたしは新規の病院、特に歯医者に行くときは、いつもビクついてしまう。以前、威圧的なオラオラ系の歯医者に通院していたトラウマである。

その歯科医師は、腕はすこぶる良かったのだが、衛生士さんへの態度はモラハラそのものであった。その光景を目の当たりにするのもツラいし、何か質問や確認するのもおっかなびっくりだし、結局途中で通院を断念してしまった。元々「医者の7割は変人・5割はモラハラ」という偏見と先入観を持っていたため、3割増しで怖く見えたのかもしれない。

打って変わって、最近通い始めた神田駅近隣の歯医者は、とても物腰柔らか。しかもスマホ漫画に出てきそうな、中性的なメガネ男子である。毎回優しくされるたびに「あ~、このお医者さんだったら結婚できるなぁ・・・」とほだされるのだが、できれば彼には奥手であってほしい(何様)。衛生士さん、彼はオススメですぞ!と言いたいところだけど、外面の良いハイスペにこそ、モラハラは存在すると妄想にかられ警戒してしまう程には、twitter漬けの耳年増である。

歯医者の帰りに、神田駅前の「かめや」というワンコイン系蕎麦屋で、なぎら健壱氏も絶賛の「冷やしまかないそば」を食べるのが密かな楽しみ。

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋

 

8月27日  疲労困憊OL、取引先で噂になる。

社外のパートナー企業のみなさまに、退職の送別会をしていただく。「もう一度、いまの会社で働きたいですか?」という質問に、何の気なしに「そうですね、とても働きやすいので~」と答えたら、全員に驚愕された。

「えっ!しんどいから辞めるんじゃないんですか?」「うちの社内では、にゃんきちったーさん(※実際は苗字)、いつも疲れているの有名で、やっぱり仕事疲れたんだろうね、ともっぱら話題でしたよ!」と言われる。

この2か月半ほど、週3~6で出張が続いており、相当に疲れていたのではある。その最中、出張に行く先々で、展示会やセミナーをご一緒していた皆さん。日ごとに満身創痍になっていくわたしを見て、その顔色の悪さが噂されていたらしい。「疲れた顔を見せない」どころか、取引先でその疲労感が噂になる女・・・。会社としても不名誉というか、ハタ迷惑な社員だと思うが、副腎疲労なので仕方がないよねとひとり開き直るふてぶてしさが、社会人として身につけた財産である。嘘です…申し訳ありません。。

 

8月28日  整体。

整体に行く。雪の日も台風の日も、週2-3で通い続けて10年目。整体師とわたし、二人の間に言葉は不要である。言葉が不要すぎて、この日の記憶がない。

 

8月29日  断食するから金をくれ

友人たちと飲み会。わたし自身は欲望のままに金を溶かしてきた身であるが、知人には、堅実に貯蓄をしたり、投資をしたりというマネーリテラシーがちゃんとしている人が多い。そのなかで、カードローンを利用した自転車操業を、公言している強者が居る。

「ファスティングをするために、Amazonに登録が残っていた親のクレジットカードを使って、ファスティング用のジュースを買ったことが親にバレた」という話は、何回聞いてもその皮肉に染み入るものがあり、大好きだ。ファスティング用のジュースは大概、数日分で4万円くらいする。んなもん買わずに、水飲んで塩でも舐めて断食しろ!である。

彼の実家は土地持ちなので、そのせいか影や暗さが一切なく、宵越しの金は持たないとばかりに毎晩酒を飲んで常に楽しそうだ。日本の若者の閉塞感の影を感じない。彼の財布の中は経済破綻しているかもしれないが、気持ちは新興国の若者である。

実家土地持ちはやはり強いなと、皆を二次会に散々誘っておいて、テーブルの真ん中の席で早々に寝落ちする、彼の横顔を見て思った。

 

8月30日  独身に色々言う男

慕ってる元上司と同僚と送別会。本当にありがてぇ…。そしてその帰りに、友人とLINE。

最近飲み会に行っても、結婚や婚活の話になることに、辟易しているらしい。そうだよね・・・。しかも相手と特に仲が良いわけじゃないと、ぶっちゃけトークにもできないから、面白い話にもなりにくいものだ。

なんなら気の利く女子がその場を和ませようと、少し盛って冗談にして話すと、クソバイスされる始末。いつも身を削ってでも話題を提供するその子らを、健気だとは思わんかね(誰)。でこう言うと、「そんな自虐要らんし」という話になるのだ。だったらあんたら、わしらよりオモロい話してくれるかと詰め寄りたくなる。ふんぬーっ!

話を戻すと、恋愛だの結婚だのという話をする相手も悪意があるというわけでもなく、正直この手の話題しかする話がないのだろう。個人的には、それ以上の話題も提供できない自分への罪悪感を感じるのも、ツラかった。

以前50代の方にその手の話をしたら、「介護や病気の話より、マシよ」と言われ、「まぁ、それは確かに」と思ったけれど、ねぇ・・・。

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以前、「なんで結婚しないの?」と散々聞いてきた男性に、その場で適当に話を合わせていたら、最後に言われたひと言。しばくぞ。

 話題がつまらない時は、「好きなものの話」をしたらよいというのを聞いたことがある。わたしも、最近twitterのタイムラインがなんだが殺伐としている気がするので、料理アカウントだけをフォローしているリストを作って、よく眺めている。

リュウジ@料理のおにいさんバズレシピさんの投稿は、レシピの工数が少ないので、流し読みでも頭に入ってくる上に、投稿に付いているリプライが、「こんなレシピを生み出してくれてありがとうございます!」「最高です!」という感謝に次ぐ感謝。「味の素のうまみ成分まで分解して書いてくれないと、レシピの再現性がありません。丁寧な投稿を期待しています。」というようなクソリプは、ほぼ見たことがない(このクソリプは自作である。念のため…)。

レシピのストックにもなって、一石二鳥。安うまカンタンレシピは、世間を救うね。

 

8月31日   母、正式に改名。

今週はもう普段は行かない飲み会が続いたせいか、身体が辛くて朝方まで眠れず、午前中寝ていたら母親から鬼電。

何度目かの電話に出ると、「ママ、正式に改名しましたぁ〜☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」と、母の大きなアニメ声が電話の向こうで響き渡っている。
母親は、ずっと自分の名が嫌いだったのだが、この度家庭裁判所に認められ、正式に改名したらしい。って、家庭裁判所でそんな声出しとんのかあんたっ…!
思えば、わたしが物心ついた頃から、家には美容室やコスメカウンターから、見知らぬ女性宛の葉書がよく届いていた。「 ●● 直美 様 」「 ×× 留美 様 」…など、時には名字まで異なるものもあったが(よく届いたな)、微妙な規則性から「これは間違いなく母親宛である」と悟ったものだ。
いくつもの偽名を使い分ける中年の女・・・当時、愛媛県は松山市に住んでいたので、一瞬母親は福田和子」なんじゃないかと疑念を抱いたこともあった。

「ママね、今日から新しい気持ちでまた人生を送るよっ☆」と声を弾ませる母。ちなみに我が家は三姉妹であるが、母親のことを「ママ」とは呼んだことのある娘は誰一人としていない。
人間、親と名前は選べないのだから、自分が好きな名前を名乗ることには、大賛成だと思いながら、二度寝した。

 

9月1日  毛に翻弄される一日。

白髪染めのために美容室へ行き、脱毛(ブラジリアンワックス)へ行き、まつ毛トリートメントを買いに行き、整体に行った。

こういう日を「自分メンテナンス」と言うらしいが、実質「毛」に翻弄される一日。正確に言うと、わたしが翻弄されているのは、毛ではなく自意識なのだが・・・。

東洋医学では「髪は血余」(血の余り)というそうなのだが、血が作れず巡りの悪い「血虚」体質の私は、昔から白髪が多い。特に、30歳になった誕生日と2日後から、こめかみやもみあげに白髪が現れ、抜いても抜いても生えること、雨後の筍の如し。しかもこの場所は抜くと超痛いのだ。とはいえ目立つ場所にあるので、忙しくて放置していると、すぐばれる。夫に「えっ、すごい目立つ場所に白髪生えてるよ!抜いてあげるからちょっと来て!」と言われたときなんかに、こちらの虫の居所が悪いと、「この白髪、抜かせてなるものか」という変な意地が出てきてしまう。「うるせぇ!自分で抜く!」「いや、どうせ抜かないんだから、俺が抜くよ!」「いやっ、自分で抜ぐっ!!」という小競り合いになる。今は夫が単身赴任中なので、安心して白髪を生やしているのだが、果たしてそれもどうなのだろうとふと我に返った。しかし、せっかく安寧の地を手に入れたと思っているだろう白髪を、無残に抜くのも不憫に思えたので、間を取って、朝から美容室に行き、白髪を染めた次第。

ちなみにまつ毛トリートメントは、出張で東京から広島に向かう新幹線の車中、暇過ぎてマツエクを一本残らずむしり取るという暴挙に出た際、地毛もろとも根絶やしにしてしまった、まつ毛への療養である。自分が愚かなばかりに金がかかって、辛い。しかもせっかく買いに行ったは良いものの、妹に勧められたAmazonで買えるこちらの方が良さそうである。

ビューティーラッシュ オリジンTM 4.5ml(Beauty Lush origin) 4.5ml

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そして日曜夜は、毎週の楽しみ、『あなたの番です』。シェアハウスの住人3人で観ていたのだけど、まさかのどーやんが翔太の首を締めるラストにみんな唖然。番組終了後、延々とtwitterの考察パトロール。

次回予告を見ていると、個人的には「愛する黒島に自白を促す状況を作り、そして慕っている翔太を、黒島に復讐する殺人者にさせないため、苦悩したが故の行動」説を推したいが、どうだろう。御察しの通り、どーやん推しである。

『あなたの番です』を観た後の、平日すっ飛ばしてはやく次の日曜の夜になって欲しい感はすごい。最も好きな曜日である、土曜日を差し出しても構わない覚悟だ。

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正直、黒島ちゃんには嫉妬しかない。

 以上、そんな感じの週でした。

 

【今週のハイライト】

中国に居住するイスラム教を信仰する少数民族・サラール族の一家が営なむ、一時閉店中の近所のラーメン屋が、仲間割れか詐欺かクーデターが起こったことを、店に貼ったチラシで近隣住民に訴えるという事案が発生している。

乗っ取られた方と、乗っ取ったとされる方が交互に、相手の貼ったチラシを破り捨て、自分の主張が書かれたチラシを貼るということを繰り返しており、近隣住民はもはや話の展開についていけない。

こういう乗っ取りは、「中国ではよくあること」と聞いたが、どうなんだろう。

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「今後再び違法での営業を行う可能性はありますのでご注意下さい」休業中の本郷蘭州ラーメンの不穏な貼り紙に憶測の飛び交うTL - Togettertogetter.com

 

浜崎あゆみ『M 愛すべき人がいて』の読後感想  あゆの「はじまり」と「永遠」。

巷で話題になってんだか、なってないんだかわからない『M 愛すべき人がいて』を読んだ。

amzn.to

 

この本には、あゆがスターダムに駆け上がるまでのデビュー秘話と、そのきっかけをもたらした、松浦専務(当時)との大恋愛と喪失が描かれている。

 

この数年は本業よりもゴシップがフォーカスされることが多いあゆ。

その状況を、決して少なくない数のファン・元ファンが嘆いているのに対し、ここへきて昔の恋愛を私小説的として、間接的に世に送り出した。

ファンの想定の斜め上を行くどころか、ど真ん中かき分けて逆を行く超ストロングスタイルである。

 

しかしこの本、予想以上にエモかった。本を読み進めながら、当時の物悲しそうで厭世的で華奢でキラキラとした、あの頃のあゆが浮かんでくるのだ。

 

この本は、著者の小松 成美さんというライターの方による、あゆと松浦氏ふたりへのインタビューが全てのベースとなっている、「事実を基にしたフィクション」である。なんのこっちゃ。

 

目次を、めくってみる。

 

「序章 Mとの再会」

「第一章 Mとの出会い」

「第二章 Mへの想い」

「第三章 Mと歩む」

「第四章 Mを信じる」

「第五章 Mとの別れ」

「終章 Mとの……」

 

2000年代初頭のケータイ小説さながらの目次を見て、表紙をそっ閉じした人は多いのではないだろうか。 

 

自分もここで「おっ、おう・・・」と面食らったのだが、ここまで読んでいただけたなら、どうかめげないで、ついて来ていただきたい。

そして、記事中の曲名には、あゆの公式チャンネルをリンクしている。もしよかったらこの記事と併せて久々に曲を聞いてもらいたい。きっとエモさを感じてもらえるはずである…。

 

以下、章ごとの感想をしたためたいと思う。壮大なネタバレなので、ご注意ください。

 

 

「序章  Mとの再会」

 

遡ること数年前、あゆは2回目の結婚をし、アメリカに居を移していた。

この本では「二年前の年末、一人に戻ってマリブにある家を引き払った」と、その1行で結婚生活が終わったことになっている。

そして空港に着いたあゆを、ひとり待っていたのは “ M ” こと松浦氏だった。

 

あゆはここで、松浦氏に積年の想いを伝える。

 

ずっと会いたくて話したくて、でも会うことも言葉を交わすこともないと決めていた彼は、時を経ても変わっていない。

あゆね…今だから歌える歌を、届けていきたい。いろんな経験をしてきた今だからこそ、歌える歌があると思っているから 

マサ、もう一度、あゆの近くにいて。昔のように二人で一緒にファンが待ってくれている歌を、パフォーマンスを、作っていきたいの。会社はとてつもなく大きくなって、マサの立場も仕事の量もあの頃とは違うとわかっているけど、今は、マサの力が必要なの 

勇気を振り絞った言葉に、マサはたっぷりと時間をかけて答えた。 

もう一度俺がやる。だから迎えにきた

「あゆの目指す場所は、この世界の外にはない。俺たちが立っている世界の、ずっと先にあるんだよ」

「自らの美学を貫き、この世界を去っていくアーティストもいるよ。でも、あゆはそうしない。ステージに立ち続ける。年齢なんかにとらわれない。それがアーティストの姿だから」

 

序章の時間軸は、約3年前。デビュー20周年に向けて歩き出そうとするあゆが、また羅針盤として松浦氏を頼ったという話だ。

あゆは松浦氏と再会後に「æternal」という曲を書いた。

 

さよならもうまく言えなくて
ありがとうも言えなかった
どうしてもどうしても
言葉には出来なかった
君といたあの夏の日々を
夢に見て目覚めて泣いた
思い出に変わっていく
僕たちは大人になる

「æternal」

ねぇ、マサ。私たちは大人になったよね。遠い日を振り返ってみても、あれほどの喜びと純粋さと切なさに満ちた時間は、他にはないと思っている。今は、新たな日々の物語を抱き生きていくと決めた私のその人生に、ねぇ、マサ、あなたはそこにいるの?

 

のっけから、あゆのポエミーな語り炸裂である。しかし元あゆウォッチャーの自分が思うに、現実では、あゆと松浦氏の間に空白の期間ってほぼ無いのではないか。

「だって、よくツーショットを『あゆのデジデジ日記』(雑誌『Vivi』の連載である)とかSNSにアップしてたよね?」と思いつつ、この本自体が「事実を基にしたフィクション」ということで、序章はライトに読み進めた。

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「æternal」が収録されているミニアルバム。近年のあゆの曲のなかでも、特に情感のこもった、あゆらしい良曲である。ジャケットに写る男性の手は、松浦氏のものであるが、近年のあゆは「こういうことしなければ…」と思わせる天才である。

 

「第一章 Mとの出会い」

 

さて、ここからが本題。
二人が出会ったのは六本木のクラブ、ベルファーレのVIPルーム。ある年の大晦日、パリピでごった返すVIPルームの中心に、有名なヒットメイカーである専務(当時松浦氏は専務)は居た。

 

専務に呼び止められ、電話番号を聞かれた10代のあゆ。そのことをきっかけに、専務からの電話を待ちわびる日々が始まった。
この頃あゆは、芸能活動のために高校入学と同時に、博多から母親と祖母と中野(あゆは江頭2:50氏と同じ中野住まいであった…!)に引っ越していた。

がしかし、当時のあゆはいまいち仕事に精を出せず、友人と連れ立って度々ベルファーレを訪れていたのだ。

 

専務からの電話が鳴るなり、あゆは呼ばれて飛び出てハクション大魔王の速さで専務の元へ駆けつける。

駆けつけるのは、ベルファーレのVIPルームであることもあれば、高級レストランであったり、専務の身内との打ち合わせの席だったりするのだが、あゆはいつも黙って専務の隣に座っているだけであった。

 

そのうち専務は、あゆをミュージックバーに連れ出し、歌わせるようになる。あゆに何を言うでもなく、毎回延々と歌わせるのだ。

これがその辺のおっさんだったら、「タダ飯奢ってもらえるけど、無賃で無言カラオケさせられる」というローリスクローリターンなパパ活であるが、あゆは専務が既婚者と知りながら、既に恋心を抱いていた。

 

そのうち芸能の仕事よりも、専務との時間に重きをおくようになり、所属事務所との契約を解除。高校も自主退学した。
突然事務所を辞めてきたというあゆの先を案じた専務は、「You 無職ならうちで歌っちゃいなよ」と言い、そこから二人は二人三脚でデビューを目指すことになる。

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あゆと専務が知り合った頃、元所属事務所・サ●ミュージック時代の、あゆのシングルデビュー時

 

「第二章 Mへの想い」

 

あゆは、専務からのお達しにより、3ヶ月間、ニューヨークでの修行を課せられた。


ひとりで送り込まれた極寒のニューヨークでの武者修行中にも、週に1度かかってくる専務からの電話を楽しみに、スパルタのレッスンに励むあゆ。
そして専務は海外出張の際、あゆに会いにニューヨークに立ち寄る。

 

二人でニューヨークの街を散歩している折に立ち寄った、5番街のプラダで、専務は「似合うから」と言って、あゆにコートをプレゼントする。専務と別れ帰路に着いた後、真新しいコートに顔を埋め、専務の名前をひとりつぶやくあゆ。さながらプリティウーマンである。

 

片思いの相手は、既婚の15歳上のヒットメイカー。叶わぬ憧れと恋心の交差は、恋愛の中でも最も甘美な脳内ホルモンを出してくれるんである。知らんけど…。

 

しかも相手は、あゆ曰く“ 誰にも褒められたことのなかった自分 ” を評価してくれ(それが本当なら日本一カワイイ「ビリギャル」である)、一度は諦めかけたはずの芸能界で、「お前をスターにする」と言っている。

そんな状況、いつかの剛力彩芽クラスに浮かれて当然であるが、あゆのそれは、秘密の片思いである。「歌手なんて無理」と戸惑うあゆだったが、専務の「俺を信じろ」という言葉に従った。

 

しかしその後、専務があゆを業界関係者に必死に売り込みはじめるものの、「あの顔は売れないよ」「あの声は売れないよ」などと酷評される日々。

本によると、芸能関係者との商談の席で、あゆのデビューについて反対されたりコケにされたりする度に、専務はテーブルの下で拳を握っていたそうだ。
そしてあゆは自分のために怒り、拳を握ってくれる専務を見る度に、親愛の念を感じていた。
「あゆは、あゆのままで良い。世間の好みすら、変えてやれ」とあゆを肯定し続ける専務。

 

実際あゆはその後、「可愛い顔」の価値観まで変えてしまう。

このあたりのことが「Trust」や「TO BE」の歌詞となっていることは、ファンの方はご存知であっただろう。

 

誰もが通り過ぎてく 気にも止めない どうしようもない
そんなガラクタを 大切そうに抱えていた
周りは不思議なカオで 少し離れた場所から見てた
それでも笑って言ってくれた "宝物だ"と
大きな何かを手に入れながら 失ったものもあったかな
今となってはもうわからないよね
取り戾したところで きっと微妙に違っているハズで

君がいるなら どんな時も 笑ってるよ
君がいるなら どんな時も 笑ってるよ
泣いているよ 生きているよ
君がいなきゃ何もなかった

「 TO BE 」

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…本の折に触れて、当時のあゆの歌詞と、背景にあるエピソードが併載されていて、わたしはもうエモさで胸がいっぱいである。

 

時を同じくして、長らくビジネスパートナーであった小室哲哉氏と決別した専務。
専務は、てっちゃんの抜けた大きな穴を埋めるという重責を負いながら、あゆのデビューに向けて奔走する。


あゆは、重責を負う専務の期待に応えたいという気持ちと同時に、専務への恋心を抑えようと人知れず格闘する。


あゆと出会った当時、既婚者であった専務は、出会いから間もなく離婚した。が、すぐさま新しい恋人を作り、スタッフやあゆとの打ち合わせや会食に同席させていたのである。

 

私は、毎晩、目を閉じて心を整えた。
それは、「俺を信じろ」と言ってくれた人への思慕が、その恋心が、決して溶け出るようなことがないよう、固く凍らせる時間だった。

 

あゆが毎晩、幼い恋心をセルフ冷凍していることを知ってか知らずか、専務はデビュー日を決め、あゆに作詞を勧めた。

そこであゆは専務に伝えられない想いを、ラブレターに書くつもりで歌詞にし、便箋に書き写して専務に渡した。

 

人を信じることっていつか裏切られ
はねつけられる事と同じと思っていたよ
あの頃そんな力どこにもなかった
きっと色んなこと知り過ぎてた
いつも強い子だねって言われ続けてた
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ
そんな風に周りが言えば言う程に
笑うことさえ苦痛になってた


一人きりで生まれて
一人きりで生きて行く
きっとそんな毎日が
当たり前と思ってた 

「 A Song for XX 」

 

「第三章 Mと歩む」

 

これをラブレターのつもりで書いたのならだいぶ重たい気がするが、もし10代の少女の作詞一作目が本当に「A Song for XX」だったらば、専務もさぞかし度肝を抜かれたことだろう。
専務へのラブレターのつもりで書いた詩を、本人に手放しで大絶賛されたあゆは、「poker face」「YOU」…と、日々専務への想いを綴るようになる。

 

いつだって泣く位簡単
だけど 笑っていたい
強がってたら優しささえ
忘れちゃうから素直になりたい
あなたの愛が欲しいよ  

「poker face」

君のその横顔が
悲しい程キレイで
何ひとつ言葉かけられなくて
気付けば涙あふれてるきっとみんなが思っているよりずっと
キズついてたね 疲れていたね
気付かずにいてごめんね

春の風包まれて 遥かな夢描いて
夏の雲途切れては 消えていった
秋の空切なくて 冬の海冷たくて
夢中になっていく程 時は経っていたね

「 YOU 」

 

しかし物分かりの良いフリをして、叶わぬ恋を貫こうとしても、多くの人は志半ばで爆発するものである。

あゆもまたプロ彼女…もといプロ片想いを貫くことは出来ず、ラブレターに想いを託すだけでは、恋心を抑えられなくなった。

この恋に終止符を打とうと、ある日FAX(時代…)で、専務に想いを伝えてしまうのだ。

 

一生、隠しておこうと決めていた想いですが、告白します。
あなたが好きです。
ヴェルファーレで出会った時から、ずっと好きです。あなたが好きだから、私は歌手になったのだと思います。
(中略)
もちろん、あなたにとって私はプライベートな意味で必要な人間でないことも分かっています。私は、あなたから愛されることはないでしょう。
だから、今日限り、あなたを諦めます。
(中略)
全力で歌うことを誓います。専務が自慢できる歌手になります。どうか信じてください。

 

…ところがどっこい。

翌朝専務から届いた返信は、自分もあゆと想いを同じくしているというものだった。

 

それから間もなく、専務はスーツ姿であゆの実家のある中野まで、ビャッと高級車で乗り付けた。そしてすぐさまあゆの母親に交際宣言した後、横浜にある自身の実家に、あゆを連れていったのだった。
この日から、19歳の新人歌手と34歳のレコード会社役員兼プロデューサーの蜜月が始まったのである。

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全盛期を迎える前の、華奢で儚げな雰囲気のあゆ、可愛かったな…。

 

「第四章 Mを信じる」 

 

親族への交際宣言からまもなく、ふたりは青山で同棲を始め、目まぐるしい日々を送りながらも、愛と熱帯魚を育んだ。
あゆはこれから立派な歌手になり、いつか専務を守れるような存在になりたいという強い思いを込めて、「For My Dear...」の詩を書いた。

 

その頃、ふたりはスケジュールをやりくりして、やっとの思いで休みを取った。

夕方〜翌朝までという短時間ではあったが、その貴重な休日に、ふたりは横浜みなとみらいにあるホテルに出掛ける。薄暗の夏の海を眺めながら、ふたりは、出会いからこれまでの出来事を語り明かした。


この日からあゆは専務を “ マサ ” と呼ぶようになる。

ふたりの蜜月が浮かぶような描写に、きっとその夏の思い出は、あゆの心に深く刻まれているのだろうなと、他人事ながら思える。

 

Trust」で、「あなたから見つけてもらえた瞬間 あの日から強くなれる気がしてた」「もうひとりぼっちじゃないから」と歌う、このあたりのあゆは、本当に嬉しそう。
あの頃の、笑うとお直し前の少し不揃いな歯がのぞく、初々しいあゆが思い起こされて、またもやエモさに胸が押し潰されそうになる、まったくの、赤の他人のわたし。

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そう、この時は「Trust」で「恋が皆いつか終わるわけじゃない」と歌ってるのだ…

 

「第五章 Mとの別れ」

 

1999年はあゆの代表曲のひとつである「Boys&Girls」が発売され、本格的にブレイクした年である。

が、あゆはこの年に、受け止められないほどの賞賛と孤独を一気に味わうことになる。

 

専務と1秒でも長く時間を過ごしたいという望みも叶わず、殺人的なスケジュールを強いる「浜崎あゆみ」という巨大な虚像が、心身ともにあゆを追い詰める。


そしてその状況を作り出しているのは、プロデューサーである “ max matsuura ” こと専務であり、ほかでもないあゆが愛する“ マサ ” であった。


「“ max matsuura ” から逃れたい、助けて欲しい」とあゆが顔を埋める相手には、その叫びは届かない。あゆは“ max matsuura ” と愛する“ マサ ”の間で立ち尽くすようになる。


また一方で専務も、大きな事業となりつつあった、「浜崎あゆみ」というプロジェクトの仕掛け人の張本人として、計り知れない重圧を背負っていた。

 

ほどなくして専務は、そのストレスから心身を侵すほどに、アルコールに依存してしまう。

専務の状況を心底心配したあゆは、「依存症」をテーマにした映画を借りてきて、それとなく専務にさし向け、専務はそのメッセージを受け取ったのだが…。

 

…しかしその後もすれ違う、二人の関係。

専務と交わした、果たされなかった夏の約束を歌った「 Boys & Girls」がリリースされる頃には、二人の同棲は形だけのものになっていく。


ちなみに当時、雑誌のインタビューで「 Boys & Girls 」の歌詞に込められた思いについて問われると、あゆは「ある意味裏切りみたいなものがテーマかもしれないですね」と答えていた。当時12,13歳だったわたしは「何がだべや」と見当がつかなかったものだが、こういうことだったのである。んなもん分かるかい!

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「 Boys & Girls 」=「松浦勝人 & 浜崎あゆみ」を意味している(驚)。

 

そんな専務とのすれ違いを重ねた時期のとある日、あゆは専務が仕事用に借りている部屋に訪れた際、知りたくなかった事実に遭遇してしまう。


専務は自分と会う時間さえも無い程多忙なはずなのに、実はその部屋でベルファーレから連れ帰ったと思われる女性やスタッフたちと “ 陳腐なパーティー ” に興じていた。

専務が見知らぬ女に、しなだれかかるようにして酔いつぶれているのを目撃したのだ。

自分は専務のために、寝る暇も惜しんで仕事をしているのに…。

 

あゆは失意のまま部屋を出たあと、誰にも告げず2日ほど失踪してしまう。

これがあゆファンの中では有名なかの「あゆ失踪事件」であり、このことを契機にあゆと専務の間の溝は決定的に広がってしまう。

 

どれだけ泣いても甘えても、ワガママを言って困らせても、仕事関係者としてなだめるばかりで、もう恋人として取り合ってはくれない専務。
専務との間に出来た深い溝を目の当たりにし、身を切られるような失恋の痛みと、孤独を自覚するあゆ。

 

専務と二人で生きていきたいという夢が潰え、そして専務と二人三脚で作り上げ、あっという間にモンスター化してしまった “ 浜崎あゆみ ” を、今後はひとりぼっちで背負っていかなければならないという絶望。


その心境を、自身が「絶望三部作」と名付けた「vogue」「Far a way」「SEASONS」の詩に託した。あゆは絶望を歌うことで、自らを救おうとしたのだ。

 

君を咲き誇ろう
美しく花開いた
その後はただ静かに
散って行くから…
気付けば いつでも
振り向けば君が
笑っていました
ha-ha-haaa-
気付けば いつしか
君の事ばかり
歌っていました
ha-ha-haaa-
だけどそれは決して
後悔ではなくて
あの日々が
あった証なのでしょう

「 vouge 」

新しく 私らしく あなたらしく 生まれ変わる…
幸せは 口にすれば ほら指のすき間
こぼれ落ちてゆく 形ないもの
(中略)
人は皆通過駅と この恋を呼ぶけれどね
ふたりには始発駅で 終着駅でもあった
uh-lalalai そうだったよね
もうすぐで夏が来るよ あなたなしの…

「 Far away 」

今日がとても悲しくて
明日もしも泣いていても
そんな日々もあったねと
笑える日が来るだろう


幾度巡り巡りゆく
限りある季節の中に
僕らは今生きていて
そして何を見つけるだろう

「 SEASONS 」

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「 SEASONS」のPVのあゆが喪服だったのは、過去を葬り去るためだったのだ。

 

あゆは、踏ん張ったのだ。
ハタチそこそこの年齢で、大きな喪失感を抱えながらも、そして自ら作り上げてしまった大きな虚像に戸惑いながらも、それでも生き馬の目を抜く芸能界で、高い高い山をひとり登り続けた。

 

当時のあゆは「時代のカリスマ」と呼ばれ、あらゆる賞を総ナメにし、常にどこかであゆの曲が流れていた。

 

そんな華やかで美しい黄金時代を築きながらも、その裏では専務との同棲を解消し、「ひとりの家に帰りたくない」と、ホテルを渡り歩く生活をしながら、なんとか大失恋の痛みを乗り越えようとしていたあゆ。

夢のように華やかな栄光を享受する気持ちの余裕はどこにもなく、あゆは当時、自分自身を「夢に敗れた敗者」と認識していたという。

 

しかし、あゆは専務に取り残されひとりになっても「浜崎あゆみ」を請け負い続けた。

その理由を、「“ マサ ” が世に送り出した“ 浜崎あゆみ ”を葬り去ることが、どうしても出来なかったから」だと、この本で明かしている。


そしてあゆは、専務との別離後も、今回の本の題名ともなった「 M 」で、専務への愛と尊敬を歌いあげた。

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「 M 」はMARIAじゃなかったんかいっ!とずっこけた世代の貴女と、いつか酒を酌み交わしたい気持ちである

 

デビューから間もなく「 Trust 」で「恋が皆 終わるわけじゃないと」と歌ったあゆ。
しかしその約二年後には、「それでも全てには 必ずいつの日にか 終わりがやって来るものだから」と悟ってしまったのだった。

 

MARIA' 誰も皆泣いている
だけど信じていたい
だから祈っているよ
これが最後の恋であるように
理由なく始まりは訪れ
終わりはいつだって理由をもつ…

 

全盛期のあゆの魅力のひとつに、人形のように可愛いルックス・才能とセンス・富と名声、女性が望むすべてのものを持っているはずなのに、どこか影をまとっている…。美しさと表裏一体の暗さや刹那さがあった。

 

自分の感情や孤独をエモいほど主観的に綴りながらも、冷徹なまなざしで表現する力が、浜崎あゆみの最大の才能であったと、個人的には思っている。

 

当時はその暗さや刹那さについて、あゆの生い立ちやパーソナリティにばかり理由を求めていたけれど、何よりもこの本で背景として描かれていたのは、専務への叶わない恋の切なさ、大恋愛の喪失からくるものだったのだ。

え、あれっ?普通に年頃の女子の失恋じゃん!?


だけど当時、その影こそがあゆの最大の魅力であり、多くのファンの心を掴んでたのだから、何が功を奏すかわからない。スター稼業は皮肉なものである。

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全盛期のアルバムでありながら、とにかく暗い 名盤「 Duty 」。当時、とにかく豹柄が流行ったんである。

 

この本には、「M」以降の後日談は、松浦氏との再会を果たした「設定」の、2017年以前の事は書かれていない。

 

実際には、専務との別れから1,2年後、あゆは「Dearest」という曲をリリースする前後に、長瀬智也との交際を発表した。


当時「 Dearest 」の歌詞は、長瀬智也のことを歌っているのではと話題になった。

当時ビジネス オネェキャラだった藤井隆が司会を務める歌番組で、視聴者を代表して歌詞の意味をあゆに突っ込んでいたのを覚えている。


その時もあゆは、「絶望三部作」の時と同様、「過去の自分のことを、詩に書いた」と答えていたことを記憶している。

それを聞いた当時は、そりゃ「現役のジャニーズとの仲について、一筆したためましたわい」なんて言えんだろうなぁ…なんて思っていた。

 

しかし待てよ、当時のあゆの発言は、あながち誤魔化しでは無かったのではないか。

 

今回この本が出るや否や、SNSには「え、「 Dearest 」はさすがに長瀬のことだよね?」と戸惑う声が挙がっていた。
先述の通り、わたしも当時はあゆが長瀬のことを歌った曲ではないかという妄想に胸を熱くしたひとりだ。

 

だがしかし今や「時が経ち、恋の執着を離れたことで、本当の意味で人としてお互いを愛し、思いやれる一番良い関係性に辿り着いたね 」と、昔のあゆ自身と専務に対して歌っているように思えてならない。

 

「 Dearest 」… お前もかっ…!!!

 

あゆと長瀬はその昔ドラマで共演しており長い間知人関係ではあったが、しかしこの曲の歌詞は、恋人関係になって日が浅いはずの二人の曲とは個人的には思い難い。

 

だって「 Ah  出会ったあの頃は 全てが不器用で 遠回りしたよね  傷つけあったよね(ラストサビでは、遠回りしたけど 辿り着いたんだね)」という歌詞。

付き合ったばかりなのに、そんな許しと愛と諦観の境地に辿り着くとは、あんたらPDCA回すの早すぎやしないか?

その歌詞に、一周も二周も経た松浦氏との関係性が垣間見えて仕方ないのはわたしだけだろうか。

というか、もうこの本を読んでしまうとあゆの松浦氏への想いが強過ぎて、申し訳ないがほかの男性たちがモブキャラに見えて仕方ないのだ。

あゆに内緒で際どい写真集を出した元旦那も、元妻・元浮気相手・あゆとミルフィーユの如くほうぼうで不義理を重ねた元専属ダンサーも、専務への想いの前ではモブofモブ、塵同然に見える。

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「そんな時いつだって目を閉じれば~笑っている君がいる~」の「君」は長瀬じゃなかったんかーいっ!

あゆはその後、長瀬智也と7年もの間交際する中でも、「 Part of me 」などの曲で、「わたしの魂の半分は、マサで出来ていると堂々とその関係性を歌い続けていた。

 

わたしは “ 天然 ” と評されることの多い、長瀬智也の寛大なメンタルを今こそ讃えたい(誰目線)。

いつの世も、業の深い女には、あっけらかんとした懐の広い男が必要なのである。

 

そんなあゆの業の深い曲はいくつもあるが、特に個人的に印象深いのが「HANABI ~episode II~」という曲である。

 

ねぇどうしてまた
振り返ってる足跡辿って
ねぇあれからもう
夏は何度も巡っているのに
何もかもまだ覚えているよ
名前呼ぶ声
(Yeah oh) 何気ないクセ
(Yeah oh) 忘れたいのに
(Yeah oh) 忘れたくない

 

あゆが何かと歌詞にする「あの夏」。

冒頭に書いた「æternal」もそうだが、あゆは折に触れ、専務との蜜月を過ごしたあの夏の日々とその一年後の別れの夏のことを、歌い続けているのではないだろうか。

 

あゆは本の中で、「わたしは知っていた。マサのように愛せる人が二度と現れないことを」と語っている。

ジャニーズサイドはそろそろ名誉棄損で軽く訴えた方が良い気がする。が、実際あゆにとって松浦氏は「愛のはじまりであり終着点」なのだろう。なんてこったい、「Far a way」の歌詞そのまんまですやん…。

 

序章と最終章で描かれるあゆは、また松浦氏とともに歩めることを、心から喜んでいるように見える。

 

松浦氏とともに在るその地点は、いつだってあゆにとって「はじまり」であり、そこに松浦氏がいる限り、ともに続いていく。

だから二人の関係は、「 TO BE 」で「æternal」(永遠)なのだろう。きっと「浜崎あゆみ」としても、「あゆ」としても。

ねぇ、二人はどうして再婚しないの…?

 

今回、ワイドショーやニュースサイトがこの本の出版を報じた際、本の帯にあゆが「自分の身を滅ぼすほど、ひとりの男性を愛しました。」と書いたことが物議を醸した。

 

わたしも当初は「中森明菜センパイを差し置いてそれは言い過ぎ」と思っていた。

がしかし、「ひとりの男性を徹底的に愛せることを知ってしまったが故に、一生満たされない思いを抱えざるを得なくなってしまった」のだとしたら、それはまさに業を抱えて生きることにほかならず、「自滅」にあたるなというのが本書の読後感想である。

 

またなによりもあゆは、唯一心から徹底的に愛した男性から、“ あゆ ” であること以上に「浜崎あゆみ」であることを強いられた。

そしてそれを受け入れ、聴力など身体を犠牲にしてでも、「浜崎あゆみ」であることに人生を捧げた。その意味でも、あゆは自ら「身を滅ぼす」ことを選んだと言えるかもしれない。

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ちなみに表紙の東京タワーの写真は、松浦氏撮影である。

 

当時あゆのファンであったわたしや友人らは、あゆが書いた詩の真意を知ろうと勘繰ったり推察し合うことで、少しでも憧れのあゆに近づこうとしていた。

しかしその実、デビューからわたしたちはずっと公開ラブレターを聞いていたのである。

 

だから、今回の出版にあたって、SNSではあの頃の共感を返して欲しい」という声があがった。いや、その気持ちもわかる…。


だけど、あゆの詩を媒介者として、「当時の自分しか持ち得ない感性で何かを感じていた」という事実は、何よりも貴重で尊いと個人的には思う。鍵が無いと、引き出しが開かないこともあるのだから。

 

個人的には、自分の多感な時期に自身のエモさを引き出してくれたアーティストが居てくれたことに感謝している。

黒歴史的に恥ずかしい思い出でもあるが、それこそ思春期の醍醐味ではないだろうか。あの頃みたいにエモくなれと言われても、もう無理なんだもの。

 

「終章 Mとの……」 

そして、ここにきて「終章 Mとの……」について書く尺がないことに気づいてしまった。


雑に要約すると「いまが一番幸せ。歌なしの人生は考えられず、これからも歌い続ける」といった内容であった(スタミナ切れ)。

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終章は、これからの決意表明と、松浦氏とのこの壁ドン写真のエピソードでした。 あ、なんかもうちょっとお腹いっぱいです

 

あゆ世代の方、最高にエモい気分に浸れるこの本おすすめです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

#浜崎あゆみ

#M愛すべき人がいて

 

会社説明会にて思うこと

自分は就活を2年やったのだけど、特に1年目は苦労した。今は数ヶ月後ろ倒しになっているようだけれど、自分が就活していた頃は4月中下旬には周りに内定が出ていたので、この時期割とひとりしんどかった記憶がある。

そのせいか特に悩ましい表情の女子就活生を見ると、当時の苦い記憶が蘇り彼女たちの健闘を祈らずにはいられない。電車の中で、つい隣り合わせたおっさんと一緒に熱い視線を送ってしまう。

あれから数年経ったいま、就活の時期には勤め先の会社説明会や社員座談会的なものに参加している。
イケてる上司や同僚が入社を決めかねてる内定者を人事にあてがわれ、その魅力で以って入社を決めさせようとクロージングに励んでいる姿を尻目に、こちとら母集団形成要員として婚活パーティーと見紛うような大規模集団にぶっこまれ、「学生と社会人」という立場の非対称性を武器にそれらしく見せる活動に励んでいるのである。

勤め先の説明会・座談会の仕立ては毎年、その回に参加する社員を数人の学生が囲み、あらかた決められたお題に沿って、ざっくばらんに会話するというものだ。学生にこちら(会社)を選んでもらう場なので、基本的にどんな質問も受ける。
そのなかで唯一気を揉むのは、学生同士の温度感調整である。意識高い系・醒めた感じのリアリスト系・自信がなかったり奥手な子が混在する場合、こちらのファシリテート力が試される。

 一見して「たぶんこの子は絶対、起業・仮想通貨・AIって言うだろうなぁ」と感じた学生からは、100%そのワードが出てくる。そんなグイグイ来る意識高い系につられてしまうと、リアリスト系の学生が白けたり奥手な子がドン引きしているのが手に取るようにわかる。
一方で、ドン引きしていた子が「御社のワークライフバランスって…」と質問し出すと、そんな小せぇ話をしに来たんじゃないと白けた表情の意識高い系の面々。

普段から同席者のテンションの不一致を気にするあまり、合コン一次会の初っぱなからド下ネタを繰り出すほどにはコミュニケーション力に長けたわたしである。焦りのあまり腰掛けたパイプ椅子への貧乏ゆすりが止まらない。

別の会社に勤める友人は、同じく勤め先の就活イベントに出たところ、その形式が「社員の自己紹介を学生がその場で聞いて、話を聞いてみたい社員のところに学生が集まる」というものだったらしい(社員がかわいそうすぎる)。
自己紹介の際、司会から突然「あなたにとって仕事とは?」という、これまた答えにくい質問をされた友人(趣味バンド)は、ついぽろっと「仕事は自己実現ですね」という、意識高いけどなんも考えてない系にヒットしやすいであろうデッドワードを口走ってしまった。

彼女のもとにはしかるべくして「俺も自己実現って考えてるんっすよ」「やっぱり仕事はそうあるべきっすよね」みたいな学生が集まってきたらしく、「50分で『リスペクト』という単語が30回くらい出た」とゲッソリしていた。
最後は「自己実現したいかーっ?!」「イエーッ!」みたいな掛け合いで彼女の50分間のLIVEはクロージングしたらしい。それはそれで楽しい会社である。

ただ「自己実現」にしろ何にしろ、学生が就活でいきなり問いかけられた言葉にとらわれてしまいがちなのは無理もないと個人的には思う。
面接でよく聞かれる「軸」「価値観」「成長」という言葉も特に一人歩きしがちだ。
この間も学生から「価値観って何ですか」と聞かれ「どんなに可愛くても、金遣いが荒かったり財布を出さない女はダメだとか、どんなにハイスペでも親を大切にしない人はダメとかそういうことだよ」と答えたら、目の前のOLの透けた私生活に学生は益々混乱していた。

あとよく見かけるのは企業が連呼する「成長」という言葉につられて、「成長のために成長を目指すべきなのだ」となってる学生だ。

「何でそんなに成長したいのか」と聞くと「選べる選択肢が増える」と言う。ある意味、現時点が最も選択肢や可能性に溢れているのではとも思えるけど、まぁそうなるよね・・・。

「どこでも通用するビジネススキルを持つ人材」なんて実際のところ、ビジネス要件が鬼高いトップ層に限られる。それ以外の人にとっては、組織風土の相性だったりプライベートとのバランスであったり、その他諸々のことの方が影響値が大きくなるのだけど。

でも「成長」のその先が自身の幸せや、やりたいことにつながってるかどうかなんて今時点でその子には見えないのだから、最大公約数を取りに行くしかないのだろう。

余談だが「成長」といえば、人気ブロガー・トイアンナさんはあるブログ記事で「成長とは、ある文化に適応するだけ」という面白い観点で記事を執筆されている。

※トイアンナさんはこの記事以外にも就活について実践的な記事も多数執筆されているので、うさんくさい化石みたいなおっさんに就活指南を受けるくらいなら、トイアンナさんの記事を読破することをおすすめしたい。

toianna.hatenablog.com

トイアンナさんの記事の観点も思い当たる節があり過ぎるが、個人的には成長とは「夢中」の副産物だと思う。

なので「成長」を望む学生には、夢中になれる、夢中にさせてくれる環境をおすすめしたい。否が応でもバッターボックスに立たされまくり、望まずとも入社してすぐスタメン入りさせられ、ベンチウォーマーになる選択肢は与えられないような環境。

そういう環境で、元々は自分の「成長」とかなんとか小さいこと(失礼)を気にしてたやつがクライアントやカスタマーなど「自分以外のこと」で頭がいっぱいになって、無我夢中でやってたら気付いたらいつの間にかできることが増えて、昔の自分をすこし踏み越えてたりする。

「成長」するのに、キラキラした職場もスゴイプロジェクトも必要ない。「尊敬できる先輩や上司」はあったら良いレベルのオプションで、大事なのは「必死な自分自身」のみ。だからその意味では「必死にさせてくれる」環境は必要だけど、成長そのものは「毎日必死にジャンプしてたら気づいてたら背が伸びていた」くらいのものだとわたしは思う。

意識高い系の学生からよく「夢はなんですか?」と質問されて「特にない」と答えるとあからさまにガッカリされるのだけど、逆にいうと夢がなくったって夢中になれる。「現時点ですごくやりたい、ということがないんですが・・・」と心配している子も何も心配することはない。

自分は何がやりたいのか、何に人生をかけるべきなのか、働いて数年経ってもそれらを自身の言葉で言語化できる大人がどれだけいるのだろうか。それを腹決め出来ている大人もいるけれど、そうじゃない人も大勢いるから本屋で自己啓発本があんなに平積みされているのだ。

就活生に「軸は?」と聞く大人だって、仮決めと軌道修正の連続で、自己理解と探求を進めてる最中だし、大半の人にとって人生とはそういうものだと思う。

「社会人は大変だ」と大人は言いがちだけれど、家庭にしろなんにしろ集団に所属することは、理不尽に出会うことだと思う。何もその組織が特有なのではなく、人間が集まれば集まるほど固有の「理」が多くなって、固有の事情は通らない。

以前働く人を対象にした何かのアンケートで、ストレスのぶっちぎり1位(80%超)は「職場の人間関係」というのを見かけたことがある。大人になっても人は「人」相手に一番悩んでしまうものだけれど、救われるのもまた人によってである。

上司や同僚・後輩と話してると、自分には及ばない視点や視座にイケてるなぁと思うことがあって、取引先と話してるとすこし報われる瞬間があって、たまに自分のやったことに成果がついてきたりして、そのおかげで最低限「悪くないな」と思える自分がいて、それがどんなにありがたいことかわかるから、わたしは今日も会社に行くのだと思う。

身もふたもない誰得の文章になってしまったけれど、夢見る夢なしOL生活も、まぁ悪くないものだよ。

 

【トイアンナさんの就活系コラム】

www.onecareer.jp

【自分が就活留年した時のことを書いたエントリです】

「小さなOK」を出し合って、人は生きてる。 - アラサーOL クソ日誌。「小さなOK」を出し合って、人は生きてる。 - アラサーOL クソ日誌。

「途中で止める」勇気

実家を出て10年以上テレビがない生活を送ってしまったせいで、情報取得はすべてインターネッツ・娯楽もインターネッツ・休日の人との会話はtwitterという、情報感度が異様に高いOLになってしまった。

年に2,3回しかテレビを観ないせいで(しかもひとの家に寄生して)数年前に観た番組の記憶が時々昨日のことのように甦ることがあるのだけど、なかでもよく思い出すのが、神回と名高い辺見マリさんの『しくじり先生』の回(何年前だよ・・・)。

辺見マリさんがとある霊能者とその取り巻きに「13年間で5億円を搾取された」コトの経緯と背景を取り上げた内容だったのだけど、これがわたしとしては非常に示唆に富んだ内容だった。

番組の中で、辺見マリさんはご自身の性格を分析しながら「洗脳されやすい性格」として以下の特性を挙げている。

・責任感が強いしっかり者
・頑固で負けず嫌い
・完璧主義

僭越ながら「これワシのことや・・・」と思わず膝を打ったね。全国の長女の星に生まれついた同志のみなさん、自分のキャパを超えて仕事をがんばってしまいがちな血ヘド吐きOLな同志のみなさん、いかがでしょうか(勝手に同志扱い)。

今回番組のテーマは「洗脳」だったので、「洗脳されやすい」という観点で上記特性が紹介されていたのだけど、ちょっと卑近な例にひきつけると、そういう特性って「ツライ恋愛(および他者との関係や仕事など)を続けてしまうパターン」にも当てはまるんじゃないだろうか。

論理が飛躍して聞こえるかもしれないけれど、仮に「洗脳」の入り口が「他人への信奉・陶酔・投影」「自己陶酔」であれば、それって色んなことにあてはまるなと。

番組中で辺見マリさんは、「洗脳が解けなかった理由」を「途中で止める勇気が持てなかったから」と仰っていた。

しんどい恋愛や仕事をしている時って、身も心もボロボロになってはじめて「これは・・・やべぇパターンだったのだ」と気づくのではない。

ある段階から自分のどこかで「まずいな」「早めに諦めたら撤退したほうが良いんだろうな」っていう感覚が湧いてきて、不安だったり不調だったり心身に異変が起き始める(心身のセンサーがすでに壊れたり麻痺してしまっている場合は別として)。

それはそのまま自身への警鐘になるのだけど、自分の中でいくら暴風・波浪・大雨・洪水・雷警報が出ていても必ずしも止められないもの。

その理由を他人は、依存心が強いとか根拠なき楽観主義とかいろいろ言うと思うんだけど、自分はいつもこんなことを感じてたんすよ。

「こんなことで今さらあきらめちゃいけない」

「もうすこし自分ががんばったら(その先に)何かあるかも」

「自分がもっとここを直せば・完璧にすれば、良い方向に行くんじゃないか」

・・・ゲェ・・・。書いててそのしんどさに自分で吐きそう。なんかおめでたいというか痛々しいというか恥ずかしいというかそのぜんぶだけど・・・。

少し脇道に話が逸れるけど、「bar bossa」店主でコラムを多数執筆されている林伸次さんも、cakesで『負けず嫌いな人は失恋を認めない』というコラムを執筆されている。こちらは「失恋」にフォーカスした記事だけど、そのメンタリズム、なんか共通するものがあるなぁ・・・と思うのはわたしだけだろうか。

たしかにこの記事が当てハマりそうな友人を思い返してみても、軒並み責任感が強く負けず嫌いなガッツある面々。営業とかやれば全員MVP獲れると思う。

しかし負けず嫌いの人は失恋したことを「自分がこの恋で負けた」と考え、それを認められないわけです。おそらくプライドがすごく高いのでしょう。・・・(中略)・・・普通は「相手が自分を好きではない」と知ったら、もちろんひどく傷つきますが、それを無理して「イヤだイヤだ。そんなのイヤだ。お願いだから好きになって!」なんてことは言いません。ああ、この恋は終わり。縁がなかったんだな、次の新しい出会いを探そうというのが普通の反応です。

こんな感情でまた相手の気持ちが取り戻せたとしても、それを「恋愛」とは言えないですよね。もし、いつまでたっても忘れられない人がいる人は、もしかしたら自分の負けを認めくないだけなのかもしれませんよ。

ちょっと言い過ぎましたでしょうか。でも、「そうかあ、これって負けたくないだけなんだ。負けって認めちゃえばいいんだ」ってちゃんと状況を認識できると楽になれませんか? 負けを認めるって時にはどうしても必要です。株でも会社でもビジネスでも勝負事でもそうなんですよね。負けを認めて次へと動くとそこに次のチャンスが待っています。あなたの失恋もそうです。早く負けを認めて次に行きましょう。

負けず嫌いにも色んな考えがあって、「止める勇気=負けを認める器が無い」ケースや、「止めても負けても、大丈夫」「むしろこんな試合に勝っても仕方ない、勝負するべきではないと思える自己肯定感が無い」ケースもある。「勝てるかもしれない(と本人は思っている)のに、負ける」のが一番悔しいやつで、明らかに勝てない試合が増えるごとに、生きやすさを感じる瞬間が増えたりするのだけれど。

個人的には、負けず嫌いな人が負けを認めるって相当難易度が高いなと思う。なぜならそのひとの人生や現在があるのはその「負けず嫌いさ」、意志や意地の強さ(その根底にある自己肯定感の低さやプライドの高さ、ハングリー精神含め)が良くも(悪くも)作用して、その人をいま居る場所まで連れて来てくれたようなものだから。

林さんご自身は「負けを認めた方がラクだし、その人自身の価値と勝負の勝ち負けは関係ないですよ」ということを仰ってくださっていると思うのだけど、実際その渦中に居ると、「そんなこと言われたら、今までの人生を否定しなくちゃいけない」というような気分になってしまったり・・・。

その一方でヤマザキマリさんは、『とらわれない生き方』という著書のなかで「(恋愛や結婚でどんなツライ関係性を築いていても)本当にダメなときは、女のシャッターはいつか閉まる。だから自分を変に守ったりせず、とことんイケ」というようなことを仰っている(主旨を読み違えていたらごめんなさい)。

 【「生き方が甲斐性をつくる」ということがわかる本】

とらわれない生き方 悩める日本女性のための人生指南書

とらわれない生き方 悩める日本女性のための人生指南書

 
 
個人的には、結局のところ「性(さが)」というものはなかなか変えられないので、変えられないうちは個々人のやり方で自身の納得感を得るしかないと思っている。「ほどほどで止めろ」派と「納得するまでとことんイケ」派はもはや宗教が違う。
だけど二度と立ち上がれないくらいボロボロになってしまうのは、本人としても見ている周りとしても辛すぎる。なので自身の「性」を追求しながらも、最低限致命傷を負う前には「損切り」でコントロールしようと思うわけだ。
 
案外「損切り」を「守り」「放棄」と思わず、「攻めの損切り」「最終的に上手くまとめるための一時停戦」と思えば、途中で投げ出せない性格や負けず嫌いでも、やれるかもしれない。
サイバラ先生はご自身の旦那さんとお子さんとの経験や投資の経験から「いかに逃げ足早く損切りするかが大事だと」とよく指摘されている。
辺見マリさんみたいに5億円持っていなくても、人生「時は金なり」。「見切り千両、損切り万両」と言うけれど「止めるはシャクだが、役に立つ」のかもしれない。
 
【損切りと言えばサイバラ大先生】
家族の悪知恵 (身もフタもないけど役に立つ49のヒント)

家族の悪知恵 (身もフタもないけど役に立つ49のヒント)

 

冷やし中華に思う。

広告業の仕業だと思うけど、世間では何かにつけ「ひと夏の云々」「夏の思い出云々」とか謳われている気がする。

個人的には「夏」というのは、20代前半までは常に「楽しまなくてはいけない」というプレッシャーを感じるシーズンであった。 思春期にギャルやヤンキー文化にひと夏でも身を置いてしまった故の後遺症なのか、とにかく当時その界隈では夏への期待値が異常に高かった。「夏だからテンションアゲ」ていかなければならず、「夏だから思い出作らなければ」ならず、より一層の精神的昂揚を目指すべき季節であった。

中高生の頃は特に夏をエンジョイする友人知人を尻目に、「今年もフェスに行けないわたしは夏を楽しんでない」「浴衣デートに縁のない自分は日本の心を忘れている」「今年も脂肪を着込んで水着を着れないわたしは、限りある若さとそこにある夏をドブに捨てている」と半ば強迫観念的になっていた。

それなのに己の性格やテンションはさて置き「痩せたら夏を楽しめるはず」と、体型の変化にすべての望みを託していた割には、ほんまもんのギャル程の根性も無いので「まだ6月、まだ初夏」「夏本番は8月から」「むしろ9月までは夏」と先延ばしにしているうちに、「秋はごはんが美味しいですね〜( )^o^( )」を繰り返していた気がする。

だから個人的には、甘酸っぱい夏の思い出とは無縁なのだけど(だろうな)、それでも夏も悪くないなと近年感じるのは、こんなわたしにも毎年思い出す風景があることに気づいたからだ。

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 実の父が逝ってから、この夏で16年が経った。

父の誕生日は年の瀬なのだけど、最後の数年は、父はアルコール依存症気味でわたしも思春期真っ只中で、誕生日に何か言葉を交わしても特に反応もなくお互い気まずい雰囲気になる事が多かったからあまり思い出が無い。

だからわたしにとって一番父に近い季節は、夏だ。父の冷たくなった肌に触れた最期の夏、その前年に元気な父と過ごした最後の夏。

風物詩は、季節と記憶を細い糸で繋ぎ呼び戻してくれる。わたしにとって夏の風物詩は「冷やし中華」なのだけど、毎年夏になると自宅でも出先でもつい冷やし中華に手が伸びてしまう。

酒飲みの父が炭水化物を食しているのをほぼ目にしたことがないが、なぜか冷やし中華だけは好んでいた。

中学2年の時、蝉がよく鳴く暑い土曜の昼過ぎに、珍しく家に居た父が起きぬけに作り始めたのも冷やし中華だった。父が手料理をしているのがとにかく珍しくて、面食らっていたわたしに「お前も食べるか」と聞かれて、さらに驚いたのを覚えている。

父の作る錦糸卵は、細切りというより太切り、切ったというよりちぎったという表現が似合う代物で、冷やし中華のキービジュアルは錦糸卵なのだとその時に思った。

昔から病的に話がくどかった父から「ハムの代わりに焼き豚を使った方がうまい」というこだわりを、何度も聞かされながら食べた冷やし中華の味は思いのほかあっさりしていて、当時謎にマヨラーに憧れていた厨二病のわたしはマヨネーズを三周かけて食べた。

その日から、父が家に居る週末に、何度か一緒に冷やし中華を作ったことがある。ハムじゃなくて焼き豚、薄焼き卵は太くて不恰好でもいったんオッケー。トマトは熟れたものが好みで、だから厚切り。キュウリは新鮮なものを千切りで。スープはあっさりしょうゆ。わたしはカロリーハーフなマヨネーズ三周。

 冷やし中華を食べる時だけは、父の片手には酒の代わりに麦茶があった。 

会社の行き帰りなどに、父が生きてたら話せることがあるのになぁと思うことがたまにある。仕事とか男の観点とか。まぁあまりというか、かなりアテには出来ないのだが…それでも父だったら何と言うかなぁと思いをめぐらせてしまう。

あの頃夢見ていた自分とも、二十歳の頃思い描いていた自分とも、かけ離れた感じの大人になってしまった。何も考えてなかったわけじゃないし、頑張ってなかったわけじゃないというよりたぶんそこそこには頑張ってきたのだけど、でもなんか計画性が無かったり詰めが甘かったりして、人生こんな感じになってしまった。

でも最近は人生こんな感じの自分でも受け入れられるというか、もうそれでも引き受けていこうという気がしている。

まぁ気がするだけかもしれないけれど・・・。

 

歳を重ねていくと、耐性がついてキャパが広がったのか、たんに横着になって開き直ったのかわからない事が多々ある。歳を重ねることで色んなものを手放しているのか、単に失っていってるのか、区別がつかなくなる。

それでも年々たくさんのことを見て来たはずなのに、大切な記憶はむしろ限られ、色濃くなっている気がする。

幾千幾万のものを目にしてきたはずなのに、思い出す風景は両手で数えるほどしかない。そしてそれがわたしの人生に彩りを与え、季節に意味を持たせ、これからもわたしを生かし続けてくれる。父にはどんな風景が残っているだろう。

きっと、この夏もあと何食か冷やし中華を食べる。そしてその度に父と一緒に作ったあの日々を思い出すのだ。「飯ついでに思い出すだけじゃなく、ちゃんと田舎に墓参りに来いや」って思うかもしれないけれど。

でも年々、父を思い出しながら食す冷やし中華が美味しくなっているのだ。だから、田舎の山奥にある墓になかなか行けなくても、ちょっと多めに見てほしい。

女と「仕事論 」異論反論オブジェクション

数年前に美容室で読んだ、あるアラサー向け女性ファッション誌の一番後ろに「新卒入社時に優秀なのは女性ばかりなのに、途中で成長が止まり、失速する」という主旨のコラムが載っていたことを、昼間会社の給湯室で焼きそばの湯切りをしていてふと思い出した。

数年前にとったメモを見返しながら書いているので引用が誤っていたら申し訳ないが、著名なコラムニストの方が執筆されたそのコラムは、以下の論旨で展開されていたと記憶している。

『女性は若いうちに「周囲に誉められたい」という「承認欲求起因」の仕事の仕方から早く卒業し、「結果を勝ち取るという過酷なゲーム(=仕事)の面白さに目覚めよ」』
 ・・・果たして読者は「その通りやで!」と突如としてプレイヤーモードに入れたりするのだろうか。個人的には、仕事をする上での大前提は「個々人のモチベーションの源泉=個人が持つエンジンは異なること」だと思っている。
そのエンジンと仕事や役割との接点を探し、成果に結実させることが仕事の難しさ・醍醐味であり、マネジメントの力量ではないか。
もちろんこれもひとつの考え方でしか無いけれど、同じく「仕事はゲームとして楽しめ」的な考えも価値観のひとつであるが、その一択にしか正しさがなかったのが、働く女性にとっての不幸のひとつであったと個人的には認識している。
かつてキン肉マンのごとく「必達」と額に書かれたマスクを被り、行動・成果ともにガチガチの目標でバキバキに鍛えられ、成果を強いられることには抵抗感を感じないわたしでも、ゲーマーになることを強制されるオヤジメントはまっぴらごめんである。
 
また先述のコラムでは『入社時に優秀であった女性たちがアラサー期になって男性同期に「追い抜かれる」「成長がストップ」する現象』の理由として、その要因が「家庭との両立」や「男性同士でつるみ情報やポストを独占するホモソーシャル問題」など多岐に渡ることを指摘しつつも、女性の「内的要因」として以下の2つの理由を挙げていた。
まず、「結婚や出産についての迷いから仕事へのモチベーションが落ちたり、パワーをセーブしてしまうこと」。
・・・個人的には、これには思い当たる節がある。「この会社でエラくなれる自信はしないし、他のものを捨ててまでエラくなりたくないし、ていうかそもそも人生どうしたいんだろう・・・。」など迷いや不安があることで、よそ見をしたりブレーキをかけてしまうことは自分自身たびたびあったし、正直いうと今でもある。
20代前半の体力とアドレナリンという「しあわせたまご」を使った成長!進化!爆速ポッポマラソンを経ての20代後半の失速。
すべてを無邪気に先送りできた、20代前半の夢と希望とツケとその他諸々エトセトラを回収・再定義しなくてはならないアラサー期。自分の荷車の荷卸しをしたくても、後輪が思わぬ沼にハマったりして無理やり引き上げるその二の腕もなんだか太ましくなってるし、もう身も心もいっぱいいっぱいに感じる日もある。
そしてそのコラムに「より根が深い要因」として書かれていたのは、以下の内容であった。
『多くの女性は『「わたしを誉めて!」という、真面目な女性が子どもの頃から快感経路を育ててしまった「承認欲求」を断ち切れない。
だが仕事の次元が高くなると、承認欲求を超えた挑戦が必要になる。それが出来なくて、徐々に求められるレベル感とアウトプットにギャップが生まれる。そうするとさらに彼女たちの「仕事エンジン(=誉められること)」が作動しないので、ますます挑戦をせず、評価されなくなる。
翻ってアラフォー近くの仕事が出来る女性は、いわゆる「仕事エンジン」の本質を理解している。
「仕事エンジンの本質」である「結果を出す」という過酷なゲームの面白さに気づき、「ホメられ快感」から「ゲームの勝利快感」へスイッチが切り替わるかどうかで、30代の仕事の面白さと深さが確実に変わる。だから心して今から仕事に取り組んでください』
ここまでメモった当時の自分がもはや気持ち悪いけれど、そのような論調で締めくくられていた。
そこに書かれていることは一理あるかもしれないけれど、個人的には何か特定のものを「エンジンの本質」というのは少し乱暴ではないかと思っている。というのは自分自身、手痛い失敗経験があるからだ。
 
自分が入社数年目の時に、後輩の優秀な女性社員のメンターを担当していた時のことだった。彼女は日頃から「今までの人生、怒られないようにいい子として生きてきました。それでやって来れたし、だからそれ以上のものを求められても困るんですよね」と話していた。「おぅ、これが悟り世代か」と新鮮さを覚えたものだが、実際に仕事はその年次には思えぬほど周囲に気を遣い、ソツなくこなしていた。
ただ企業文化として、若手のうちは周囲に変に気を遣うよりも自分の成長を追求するべし・周囲もそれを支援すべし、という社風でもあるため、お行儀の良すぎる彼女はすこし異色の存在であった。
面談や若手研修の振り返りの際も「成長したい、とか何がやりたいとかは特に無いです。なのでそんなに考えないでください。」という「悟りですが、何か?」的低空飛行トーク。「こんなに優秀なのにもったいない」と感じ入ったわたしは、「とは言うものの、もっとモチベーション高く取り組めば新境地開けるかもしれないよ?」と腐った松岡修造のような熱さとしつこさで挑んだ。
後から思えばその言葉は「メンターとして何かしら価値提供しなければ」という焦りと「こっちがこんなに必死になってるのに、そんなテンションで居られるのが許せない」というエゴでしかなかったのだと思う。
 
彼女が受講した若手研修後は、メンターとともに今期の彼女の成長計画を描くという内容であったが、彼女の心のシャッターはものすごいスピードでガラガラと閉まっていき、取りつく島が無くなっていた。
そこでようやく自分の身勝手さと無理解に気付いたわたしは、一方的かつ独善的なコミュニケーションを詫び、時間をかけて彼女の考えていることを教えて貰った。
時間をかけて掘り下げをしていく中で、彼女は自分自身がどうありたいとか何をしたいという意思は強くないものの、周りの役に立ちたいという思いが言動の根底にあることがわかった。「怒られたくない、誉められたい」という気持ちと同時に、そのようなモチベーションが彼女の人生の根底にあったのだ。
もっと言うと、そもそも「怒られたくない」という気持ちで仕事にあたって何が悪かったのかと今では思う。それを勝手に「つまらない、イケてない」と断罪したのはわたしの人間としての幅の狭さ、余裕の無さからであった。
それならまず彼女の不安や恐れを取り除き、成功体験を重ねて貰うことこそがわたしの役目だったのである。その後彼女にはたくさんのことを教えて貰ったが、あの時のことは申し訳ないなと今でも思う。
 
その一方で、仕事というゲームに参戦するプレイヤーが「勝ち負け」を常に志向するならば、ゲームを楽しんだ結果としてステージが上がり、ゲームクリアという出世を果たすであろうことに異論はない。明確なゴールを設定し、腹落ちさせることができるのは優れた能力のひとつだと思う。
だからといってそのような生粋のプレイヤーにお前もなってくれよな!というのは自身の失敗経験を踏まえても、やはり無理がある気がする。
そもそも働く女性の新しいありたい姿を描くべき女性誌が、そんな旧態依然とした現実に追随してどうするのだとも言いたい。
新作コスメで新しいワタシに生まれ変わったり、1ヶ月着回しコーデのなかでプロジェクトの打ち上げの後に甘顔高身長の後輩に告白されたり、憧れの先輩から壁ドンされたり、長年付き合ってる彼氏とは初月ではマンネリ気味のだったはずなのに突如として月末にはおめかしデートからの指輪パカッされたりさんざん俺たちに(金のかかる)夢をみせてくれたよな?とぶんぶん肩を揺さぶってやりたい勢いである。
 
個人的な妬みソネみでやや脱線したけど、そもそも成長スピードを落とさず仕事を楽しむのが大目的なのであれば、個々人のモチベーションの源泉をないがしろにしては成り立たないのではないだろうか。 
長々と書き並べてしまったが、なんにせよ言いたかったのは「何に仕事モチベーションや面白さを求めてもひとの勝手、ほっとけよ」ということである。
焼きそばの湯切りからのそれを言いたいがためにこの文字数・・・件のコラムと押しの強さは目くそ鼻くそだな。

どうにもならないものをどうにかしようとする女たち〜占い依存な女たち〜

アラサーと一括りにするのは畏れ多いのだけど、都心のアラサー女子の占い受診率(課金型)ってどのくらいなんだろうか。わたしの周りで聞くと、一度きりの経験を含めると約半数以上は経験があるのではという所感。

男性が社会人になったら初任給握りしめて風○デビューをするがの如く、28歳を過ぎた女性は占いの課金に走る、というのは完全なる私見ですが、「アタシはしいたけ占いで充分だから関係ない話♪」と思ったそこのお肌ぴちぴちの貴女。

無料の星座占い・コラムでは飽き足らず、「人間が12タイプで区分出来たら世話ないんじゃい!」とよりパーソナルな傾向と対策を求め対面占いに駆け込み、さらには電話占い・スピリチュアルに進むエリートコースを諸先輩方がひた走ってきたのをいつまで「他人ごと」と言えるかはわからないんだぞ(誰目線)。

 言うまでもなくわたしは肝心なところで他力本願で思い込みが強くかつ予測を後から答え合わせができるものが大好きなので、割と占いが好きである。こんなこと大っぴらに言うもんじゃないというのはさすがのわたしでもちょっと気にするので小さく書くけど、それこそ一時期占いに金を費やした経験がある。 

元来物事に場当たり的かつ極端かつ瞬間的にハマるタイプなので短期間で事なきを得たが(家計は大出血だったけど)、わたしみたいな依頼心の強いタイプは占いにハマったら破産だなと思った。その頃は対面・電話・月額課金型問わず短期間に多様な占いを経験して、ついには占ってもらうことがなくなってしまい

にゃんきちったー:「肩が凝って、ふくらはぎがすぐむくむんです。」

占い師:「恐らく胃腸が冷えて血流が悪くなってるんでしょう」

的な「もうおまえそれは漢方薬局行って来いよ」みたいな会話をするところになって「やっぱりおとなしく整体に行こう」と我に返り、思いの外スパッと止められた。帰る場所(整体)があって本当に良かった。

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 占いの口コミや掲示板をのぞいてみると、占いの熱心な支持層であるリピーターや占いジプシー(様々な占いを転々とすること)になる人は、「復縁成就」「不倫成就」を願う人が多いことに気づく。「元彼にブロックされてしまいました。彼から次に連絡来るのはいつでしょうか」みたいなことが書かれてあって、「あんたそうなるまでいったい何したんや」とハタから見ると思ってしまう。

「占いはエンターテイメント」を超えた期待感を持つ顧客たちに、昼夜問わずして支えられる占い市場はおよそ一兆円規模、非公式なものを足すとそれ以上と言われている。

相手の出した結論や因果応報を受け入れられず、どうにもならないものを我欲でどうにかしようとする。目の前の結末や状況を受け止め、その理由や意味をきちんと理解しようとすることなく、第三者の繰り出すカードや生年月日に、自分にとって望ましい未来を見出そうとする。

目の前にある結末を「わたしが欲しいのはコレじゃない!」と突っぱねて、「辛いです。わたしの望む未来はいつ来ますか?」と聞いて回る。なんというか、「想い」が強いというより「我欲」が強い。もちろん、本人としては自分が囚われているものが「運命の相手」なのではなく「執着」であること、自分の思い込みで自身の首を絞めているだけだと、とっくに気づいている人がほとんどだ。

「諦められたらラクになるのに」。そう、そうしたらラクになれるとわかっている。この関係性で妥当な結末はそうすることでしか導き出せないとわかっている。お互いの役目がとっくに終わっていることに気付かないふりをしている。だから余計に辛い。

占いに限らず、巷の「復縁本」や「略奪愛の恋愛テクニック」的なものにあまり意味が無いだろうなと個人的に思うのは、それが人間関係のつまずきを本質的に解決するための人格の成長に寄与しないからだ。人間関係はいつもどこか同じポイントで躓いたり綻んだりしている。

自分か相手どちらかが圧倒的に成長・変化しない限り、何度手をつなぎ直してもまた同じところでコケてしまうのは目に見えてる。

たまに双方がなんの成長もしていないのに復縁・不倫が成就したり、別れ・復縁を繰り返すカップルもいるけれど、それはお互いの人格が良くも悪くも同等で、いわゆる「割れ蓋に綴じ蓋」を地でイケる稀有な組み合わせなのだろう。それも「相性の良さ」のひとつである。

 占い自体は今でも面白いと思うし非難するつもりは毛頭ないし、復縁や不倫の成就を願う気持ちを否定する気持ちもまったく無い。そんなこと言ったらわたしなんか特大ブーメランに首の骨髄までふっ飛ばされてしまう。 そういう状況は当人にとって本当に辛いのではないかなと察するし、現にわたしはとっても辛かった。

 

だけど 個人的には「一世一代のなんとか」なんて無いと思っている。もちろん「こんな人初めて…!」と感動する出会いはあるし、そう思わせてくれる人には陶酔してしまう。

しかし幸か不幸か、一度経験したことは、大概のことはまた経験できてしまうものだ。そして悲しいかな、自分の感性だって変わっていく。大金はたいて追いかけた恋が、後々どうでもよくなってくるからこそ、わたしたちは今日も生き続けることができる。

・・・ということで占いにハマって我に返った後にメモした「占いに費やさなかったら買えたであろうものリスト」を抱きしめながら今夜は眠りにつきたい。

 

【後記】

「自分を突き放したい時」におすすめのぱぷりこちゃんの著書

なぜ幸せな恋愛・結婚につながらないのか 18の妖怪女子ウォッチ

なぜ幸せな恋愛・結婚につながらないのか 18の妖怪女子ウォッチ

 

 女性のタイプを18の妖怪タイプに区分し、徹底分析した本。ぱぷりこちゃんの面白すぎる言葉のセンスと容赦ない筆圧が炸裂。身に覚えの無い章では友人知人の方が浮かんできて「なるほどな」とほくそ笑み、身に覚えのある章では今すぐ死になるという稀有な本。

この本をちゃんと理解すると、己が恥ずかしすぎて結末が見えすぎて下手にひとに恋愛相談出来なくなる、という副作用がある。特にこの記事にピンと来た方はもしかしたら以下の章に身に覚えがあるかも…?

1.恋愛相談マニア女子

15.ずっとセカンド女子

16.私はあなたの信者女子

17.私が彼を救う女子

18.それはモテじゃないカモだ女子

 

 【「占いに費やさなかったら買えたであろうもの5選」(誰得)】

「翌日の朝が楽しみになる感動トースター」

落ち込んでる時は無駄に夜型になるので、食欲ドリブンで生活サイクルの改善を。

BALMUDA The Toaster(バルミューダ ザ・トースター) | 感動のトースター | バルミューダwww.balmuda.com

⚫︎「肌よりも老化が怖いのは髪である」

気持ちが病むと風呂入るのも髪を乾かすのも嫌になるのでダイソンの突風ドライヤー

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「男一瞬、老舗浴衣一生。」

竺仙さんが謳っているわけではないですが、天保13年創業  竺仙の浴衣。紗栄子さん愛用。

www.chikusen.co.jp

 ●「こんなに手をかけた自分が粗末に扱われるのは許せない」

という自己愛に浸れるかもしれないホテルスパといえば。わたしは整体無しで生きられない身体なのでこのお金を出すなら雑居ビルの整体の回数券を買いますが、そんな必要無ければ年に一度は受けてみたいご褒美。

マッサージ嫌いな人は高級下着で代替可。

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「自分と一生付き合っていくのは己の体質だけである」

「ディスカバリー」というオプションを付けて先祖に思いをはせるのもよし。

mycode.jp

 

お金と時間は大事に使いたいものである。

愛を残す生き方

会社の昼休み、小林麻央さんの訃報を知った。

「幼いお子さんを残して、辛いだろうなぁ・・・」「このような若すぎる死は、防げないのだろうか」と、様々な思いが頭をよぎりにわかに感傷的になった。

なんとなく卑しいのではないかと自分でも思うのだけれど、つい反射的に他人の死に学ぼうとしてしまうところがある。翻って自分はどう生きるべきなのか、考えてしまう。

 「日々を丁寧に、大事に生きるべきだ。」
同じように訃報にショックを受けた同世代の女性たちも、様々な想いをSNSに投稿していた。

「日々を丁寧に、大事に生きる」。その言葉にケチをつけるつもりは全くないのだけれど、それがどういうことか、自分自身にはなんとなく実感が持てなかった。
何をしていても思考や感情の一部が明後日の方向に飛んでしまう自分は、なかなかその瞬間や時間を大事にするということが出来ていない気がする。

「小さな幸せを大事にする」「今日が最期の日だと思って生きる」なんてことを決意してもすぐ毎日をうだうだと流すように生きてしまう。だからってそれが「雑に生きてる」ことにはならないとは思うけど。
それでもこうやって感傷的になる以上に、わたしがいま感じるべき何かがある気がする。それが何であるのかと思考を巡らせた。

 

そもそも考えてみると、彼女は自分のたった4つ上、34歳という若さでたくさんのことを成し遂げたのである。
学生時代から生き馬の目を抜くような芸能界で頭角を現し、20代前半で第一線で活躍するトップランナーになり、20代後半には潔い決断を下し新しい世界に飛び込み、34歳の若さで世間に影響を与えた。
芸能人で、梨園の妻で、そして若くして闘病生活を強いられたというストーリー以上のものを、彼女は力を振り絞るようにさらにさらに紡ぎ出していった。

そんな折に彼女のBBCへの寄稿文を読んで、わたしは彼女の「最期」以上に、彼女の「生き方」に学ぼうと思った。

がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」 - BBCニュース

2年前、32歳の時に、私は乳癌であることを宣告されました。娘は3歳、息子はまだ1歳でした。

「治療をして癌が治れば、元の自分に戻れるのだから、大丈夫!」と思っていました。

けれど、そんなに簡単ではありませんでした。

今も、私の身体は、がんと共にあります。

私は、テレビに出る仕事をしていました。

病のイメージをもたれることや弱い姿を見せることには「怖れ」がありました。

なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。

隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。

1年8か月、そんな毎日を続けていたある日、

緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。

「がんの陰に隠れないで!」

私は気がつきました。

元の自分に戻りたいと思っていながら、

私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とはかけ離れた自分になってしまっていたことに。

何かの罰で病気になったわけでもないのに、私は自分自身を責め、それまでと同じように生活できないことに、「失格」の烙印を押し、苦しみの陰に隠れ続けていたのです。

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それまで私は、全て自分が手をかけないと気が済まなくて、全て全てやるのが母親だと強くこだわっていました。

それが私の理想の母親像でした。

けれど、病気になって、全て全てどころか、全くできなくなり、

終いには、入院生活で、子供たちと完全に離れてしまいました。

自分の心身を苦しめたまでのこだわりは失ってみると、それほどの犠牲をはたく意味のあるこだわり(理想)ではなかったことに気づきました。

そして家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、私を妻として、母として、以前と同じく、認め、信じ、愛してくれていました。

私は、そんな家族のために、誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。

私は、闘病をBlogで公表し、自ら、日向に出る決心をしました。

すると、たくさんの方が共感し、私のために祈ってくれました。

そして、苦しみに向き合い、乗り越えたそれぞれの人生の経験を、(コメント欄を通して)教えてくれました。

私が怖れていた世界は、優しさと愛に溢れていました。

今、100万人以上の読者の方と繋がっています。

人の死は、病気であるかにかかわらず、いつ訪れるか分かりません。

例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが、私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。

 
小林麻央さんの「闘病」を軽んじているわけではないのを大前提として、それでも「闘病」は彼女の人生の「一部」であるという認識で居たいと思う。

自身が持って生まれたものを磨き上げ、若くして身を立て、自ら望んだものを手に入れた。そして手に入れた大切なものを、育み続けることは生半可な努力では成し得なかっただろう。

どんな境遇でも自らが強くあろうとし、強くなることによって愛を会得した過程こそが彼女の人生なのではないか。というのはわたしの身勝手な解釈だけれども、わたしは彼女の「生き方」にこそ、感化されたいと思う。

わたしには麻央さんのご家族の事情や心情を知る術もないが、だけど彼女の生き方を見ていると、「愛は強さの元に育つ」のではないかと感じる。

愛は周りのひとの様々な感情をも引き出し、織り成していく力がある。その織り成された模様の美しさに、人は心を打たれるのかもしれない。
同じ時代に同世代として生きている者として、わたし自身も出来る限り、美しく、強くありたいと思う。
そして同じ時代に、美しく、そして強く強くあろうとした人、そしていまこの瞬間もそうあろうとしている人に、心から敬意を表します。

  

※「母の愛」が周囲の人の感情や力を引き出し、織り成していく映画です。とてもおすすめです。

atsui-ai.com

 

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少し膝曲げたくらいで、空飛びたがるわたしたち~大人の夢の叶え方~

先日、ふとはぁちゅうさんのブログを読んでたらこんな記事に出会った。

「なんでみんな、すぐに悲劇のヒロインぶりたがるのかな」

lineblog.me

最近noteを始めたっぽい人のつぶやきを

たまたまこの間、見かけたんですけど、

「やっぱ私にはnoteで稼ぐのとか無理…心が折れた…」的なことを

つぶやいてるのみて、

「まあ、本人がそう思うなら無理だろうね」って思いました。

(中略)

それにしても、なんでみんなそうやって始めたばかりのことに、

結果を求めるんだろう?

noteとかそもそも始めてから、お金とかの成果に結びつくのには

それなりに時間がかかる場所では…?

noteのことに限らないけど、すぐに結果を求める人って

なんで人の成功してる部分にばかり目を向けて、

それ以外の努力の部分に、気づかないんだろう?

どうして他の人が、時間をかけて築いたものを

自分は一瞬で得られると思えるんだろう?

そして得られないからといって、悲劇のヒロインぶれるのだろう。

(後略)

そのtweetは初見だが、思い当たるふしがありすぎる・・・。

ちょっと膝まげてかがんだくらいで、あの人と同じ空を飛びたいと思っちゃう。思うように飛べなかったら、もう筋肉痛ですやっぱり無理、そいえばわたし生まれつき膝が悪かった気がしますごにょごにょ・・・とジムの初回体験に来てさっそく諦める人のようにしゃがみこむ。

自分は屈伸すら続かないくせに、日々地道にスクワットしてきた人の成功を「あの人は××だから。」と勝手に理由づけして納得しようとする。

意志が弱い・計画性がない・継続力がない。おそらくどれも当てはまるけど、根本は自分で人生を「選ぶ」のではなく、「選ばれるのを待っている」その無戦略的シンデレラスタンスではないかとふと思った。

自分の人生の行先を選んでいくという主体性が無いから、いともたやすく「悲観的」になる。だけどやっぱり自分可愛さで、そんな自分の在りかたにも光を当てたい。それが「悲劇のヒロインぶってる」と見えるのかもしれない。

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そんなことを考えていた折に、自身が中高生の頃芸能活動を目指し、オーディションを受けていた日々をよく思い出すようになった。「あの子はスター性がある/ない」「可能性がある/ない」。オーディションでも養成所でもそんな言葉をよく聞いた。「才能は見いだされ、選ばれるもの。」そう思っていた。

何度かオーディションを受けるも、その手ごたえのなさから「自分は『ある』側の人間じゃないんだなぁ」と徐々に自己認識し、最後の方は受かろうと思ってオーディションを受けてるというよりも、諦めたくて、そのための烙印を押されたくて受けてるという感じだった。

そんな日々から逃げるため、「もうおじさんたちに品定めされる毎日はコリゴリだ!」と挫折の理由をあちらになすりつけ「ひとに選ばれるのを待つのでなく、自分で人生を選んでいける人間になるのだ」と夢に踏ん切りをつけた。本音は「正直もう諦めて楽になりたい・・・。」に近かった気がするのだけど、周囲にも自分にもその建前を言い聞かせていた。

昔の夢に執着する瞬間が無かったわけではないが、「もう遅い」と言い聞かせ、蓋をした。かと思うとあの夢の続きを夢想して、閉めたはずの蓋をそ〜っとのぞいてみたり。そうやって踏み出せなかった後悔と執着は多額の借金のように膨らんだ。そのリボ払いは延々と続き、自分自身に対する信頼残高はすり減って行った。

みんなひとを見て、自分自身のあり方を見つめたい。「憧れのあのひと」の在りかたに惹きつけられて、自分自身に影響を与えたい。でも他人の「鏡」になるには、相応の力が必要だ。自身のプライドの高さや臆病さに蓋をして安全圏に居ながら、自分の欲やコンプレックスを昇華させるなんてこと出来るはずはないのに。 

今やネットを通じて有名になったり成功する人、その過程を目のあたりにする時代になった。焦ったり比べたり、しやすい時代なのかもしれない。一見すると表に出てくる象徴的な人は、みなシンデレラに見えるけれど、実は日々地味に反復横跳びし続けてきた結果なのだと今ならわかる。

【安室ちゃんの言葉は芸能界随一重い】

www.vivi.tv

「だけど、継続は力なりの道を選ぶならものすごい信念が必要だし、すごく時間もかかると思った方がいいんじゃないかな。一日二日、1年2年ではどうにもならないものもあるから。継続は力なりは本当に地味な作業なんですよね。今うまくいかないと悩んでる人たちは、きっとその地味な作業を上手に乗り越えられてないんだろうなと思う。成功に近道はないんですよね」

「ピカソは売れた、ゴッホは死後になって認められた」という比較論があるけど、二人とも「自分の中の感性やあるがままを追求し続けた人」ではないだろうか。

生きることは、まず自分をあるがままに生かすこと。そして「あるがまま」と「今のまま」は似て非なるもの。そうやって生きている濃厚なエネルギーがひとの役に立った時に、世に評価されるのだろう。

大概の絵は、ポスターにすらならないけど、筆を取らなきゃなにも始まらない。自分という畑を、日々掘り起こして耕し続けていくしかないのかもしれない。

 自戒を込めていろいろ書いたけれど、個人的にはすこしかがんだくらいで空飛びたいと思ってて、飛べなかったら才能や運がどうだのぎゃんぎゃん言う、そんな欲深き怠け者も、人間らしく愛しいなぁと思う。自己擁護するようだけど。

なりたい職業になれなくても、一番好きなひとと一緒になれなくても、キラキラはしていなくても、それでもなんとなく「悪くないな」と思える日常がある。それは自分の嗜好(志向)×能力×環境が奇跡的にマッチしているということで、そんな日常が実は当人の「ありたい姿」に最も近い、ちょうど良い塩梅なのかもしれない。

「夢を叶える」こと。それは大人にとっては「どうなりたい」よりも「どう在りたいか」「どう在り続けたいか」が大事な気がしている。そしてその在り方を決めるのは、間違いなく毎日の過ごし方・生き方だ。自分の生き方に言い訳せず、スクワットを続けていく。それが「大人の『夢』の叶え方」なんじゃないかと思う。